第二十九話
宴もたけなわになると、さらに賑やかさを増してくる。
殊に男子に恵まれなかったロテスは、息子が出来たと触れ回っているようだ。
「父はよほど王子が欲しかったようなのです。」
シェレンが遠慮がち話しかけてきたのは、婿に出す側のカルナスとリュオンに気を
遣ってのことに違いない。
レポーテではエセルの父王メイティムがあまり乗り気でなかったのを知っている。
兄弟達にも異存があったとて、不思議はない。
「私がラジュアを離れられない立場ですので、殿下には無理なお願いを聞いていただく
ことになってしまいました。」
「貴女が弟を想っていただければ、充分ですわ。」
すぐ側にいたマリアーナが、優しく声をかけた。
「ありがとうございます。マリアーナ様。」
シェレンは、ほっとしたような笑顔を見せる。
晴れの日の花嫁に心配を掛けさせてはと、カルナスは思い、
「姫を妻にと望んだのはエセルです。ずっと指折り数えるほど、今日という日を待ち続けて
いましたよ。」
視線を向ける方向には、上気したままの、エセルの姿。
リュオンもその表情を見て言った。
「婚約してからというもの、すっかり表情が明るくなりました。」
まだ子供だと考えていたが、確かに少し変ったようだ。
誰かに勧められたのか、エセルがシェレンに歩み寄って、右手を差し出す。
「姫、お相手願えますか。」
「喜んで。」
シェレンは周囲に軽く会釈し、エセルに手に自分の指を乗せ、場を離れた。
何と言っても今日の主役だ。
二人が中央に出て行くと、人々も沸き上がる。
ロテスがカルナスとリュオンに近付き、
「お二方は踊らないのですか。」
と、声をかけた。
レポーテにいても滅多にシャルロット以外と踊らないカルナスと、何年も舞踏会に縁の
なかったリュオンである。
いきなり誰かにダンスを申し込めるわけがないのだ。
「私の娘達でよければ、いかがです?」
「お誘いして構いませんか。」
カルナスが訊ね、隣にいたリュオンの袖を軽く引っ張り、前へ進み出る。
「私も、ですか。」
人に聞かれないよう、リュオンが囁くと、
「当然だ。姫は二人いるんだから。」
カルナスは短く答えた。
エセルの婚礼の祝いでなければ、リュオンは逃げ出したい気分だが、露骨に迷惑そうな
顔もできない。
カルナスがエリーカの、リュオンがユミアの手を、それぞれ取る。
二人が同じく感じたのは、小さな手、だった。
王女達本人はすでにレディのつもりかも知れないが、カルナスやリュオンの目には、
可愛い女の子、の類である。
多分、エセルにもシェレンは「女性」として見えても、エリーカとユミアは同年代の少女という
親近感しかなく、恋愛感情にはなりえなかったのだろう。
見知った人間がいなくなってしまったマリアーナを、壁の花にするわけにもいかないとの
配慮からか、ロテスがダンスに誘う。
愛娘と踊り慣れているらしく、案外上手であった。
リュオンが無事パートナーを務められたのは、こういう場合を想定して、道中、マリアーナを
相手に練習した成果の付け焼刃だと悟られなかったのが、せめてもの救いである。