果てしなく続くかに思われた舞踏会も、深夜に差しかかる頃には、お開きとなった。
エセルは自分の部屋に落ち着いても、頭がのぼせ上がったままのようだ。
広い寝室に燭台の蝋燭が一本だけ、灯りとして揺らめいている。
室内全体を照らすには薄暗いが、レポーテで使っていた部屋よりも、広いと思われた。
まだ残っている酔いを醒まそうと、ベッドの横にあるサイドテーブルの水差しに
手を伸ばす。
冷たい水が喉を潤すと、気分も静まり、空になったグラスを銀盆に戻した。
同時に微かな物音がし、振り向くとシェレンが立っている。
白い夜着姿が却って、はっきりと浮かび上がっているように見えた。
エセルの胸の鼓動が一気に昂ぶっていく。
ゆっくりとシェレンが、目の前まで歩いてきて、立ち止まる。
「去年お会いした時よりも、背が高くなられましたか?」
小柄な少年という印象だったのに、視線を移す先が違っている事に、シェレンも
気が付いていた。
「はい。」
途端にエセルは嬉しそうに答える。
「成長期になるので、もっと伸びるだろうと兄に言われました。」
エセルの兄弟は皆長身だ。
自分だけ少しずつしか大きくならないと、エセルなりに悩んでいると、
「大丈夫。数年の内に背丈は伸びる。今、多少低くても気にするな。」
リュオンが笑って応じたものである。
「きっと追い越しますから、待っていてください。早く大人になって貴女を支えられるように
なります。」
エセルは両腕を伸ばし、シェレンを抱きしめると、ほんの少しかかとを上げ、口付けした。
「愛しています。…シェレン。」
やっと名前で呼べる。
誰に遠慮することもないのだ。
「…エセル様。あなたに巡り合えて幸せですわ。」
シェレンも一人の女性として、愛し、愛される人間を伴侶とした。
エセルが思っているほど、シェレンが待つ時間は、長くは必要ないと感じる。
もう決して、この手を離すことはないだろう。
婚儀の翌日から、お披露目として、夫妻での挨拶を代わる代わる繰り返す。
エセルは相変わらず控えめな態度だが、シェレンが夫して立てる気配があり、すでに
お互いをいたわりいたわれつという、雰囲気が伝わってきた。
ロテスはもちろん、レポーテから後見人として付き添ってきたカルナスとリュオンも、
深く安堵する。
エリーカとユミアも、
「お姉様と結婚なさったのだから、殿下はお兄様ね。」
以前にも増して、親しみを込めて言ってくれた。
今まで年下の子供扱いしかされたことのなかったエセルは、かなり喜んでいるらしい。
来客の前では、まだ「姫」「殿下」だが、ふとした折に「シェレン」「エセル様」と呼び合う声が
聞こえるのが、微笑ましかった。
シェレンの私室には、日の良く当たる窓辺に、一つの植木鉢。
今は見事な白薔薇が花を咲かせている。
エリーカとユミアの話によると、シェレンが自分で苗を移し、世話をしているそうだ。
「せっかく頂いたのですもの。」
目にしたエセルが、嬉しそうに顔をすると、シェレン伏目がちになった。
新婚らしい、初々しいぎこちなさは、年若い夫婦としても自然である。
エセルがシェレンの手を取り、見詰め合うようにしている姿は、仲睦まじさが滲みでて
いるかのようだ。
他人の思惑はどうでも、想いあって結ばれた二人である。
リュオンも心配なくラジュアを離れることができそうだと感じるのであった。