滞在中にいくつかの行事を経て、カルナス、リュオン、マリアーナはレポーテへの
帰路に発つことになる。
エセルと共にシェレンもトルンの外壁まで見送りに来た。
「兄上の婚儀の際は、私も参列させてください。」
そう挨拶されたカルナスは苦笑しつつ、
「もちろん招待しよう。是非、二人で。」
と、答えるしかない。
随分、先の長い話になりそうだが。
「姉上、お元気で。」
「ええ。あなたも。弟をよろしくお願いいたしますわ。シェレン様。」
マリアーナはシェレンに対して、会釈して馬車に乗りこんだ。
そして、エセルはリュオンの方へ顔を向けた。
「兄上には本当にお世話になりました。もっと教えてほしいこともありました。」
「姫と幸せに。エセル。」
リュオンが笑顔を見せて、踵を返そうとすると、エセルが引き止めるかのように
呼びかける。
「リュオン兄上。くれぐれもお身体大切にしてください。いつまでもお健やかに…!」
弟の言葉に、リュオンは黙って頷いた。
ゆっくりと動き出した馬車を見つめていたエセルは、ニ、三歩前に進みだすと、遠ざかる
影に頭を下げたのである。
街道を進み、周囲の風景が家並みから木立が多くなる頃。
「もう、我慢しなくていいよ。」
リュオンが声をかけると、マリアーナの瞳から、涙が溢れ出した。
「私、変ですわ。エセルの喜ぶ顔を見ていたのに…。」
たった一人の弟。
母を同じくする者と離れる寂しさが、マリアーナにはあったのだ。
トルンにいる間は、と堪えてきたに違いない。
両手で顔を覆う妹の震える肩を、リュオンは優しく抱きしめるしか、できなかった。
新しく住居となった王宮に戻ったエセルは、一人、部屋で肖像画を眺めている。
お茶の時間に呼びにきたシェレンは、エセルが右手に十字架を握り締めていることに
気がついた。
「お兄様からですか。」
「はい。結婚祝いにと、頂いたのです。」
「三番目のお兄様、ですね。」
エセルは驚いたようにシェレンの顔を見つめる。
「どうして…。」
「なんとなく、わかりましたわ。エセル様と同じ瞳のお兄様ですもの。」
兄弟六人が描かれた中で、深緑の色の目はエセルとリュオン。
エセルの部屋に掛けられている子供時代の絵にも、姉のマリアーナとリュオンが
一緒にいる。
「ずっと面倒を見てもらっていました。生まれた時から。」
幼い頃から、一番身近にいた兄だ。
リュオンと母が違うと知ったのは、いつだったか。
エセルは服の中に十字架をしまいこむ。
(一生、大切にします。兄上。)
エセルにとっては、シェレンにもらったブローチと同じ宝物である。
「また、ご家族に会える日がきますわ。」
気遣うようなシェレンに、エセルは笑顔を向けた。
「ラジュアにも新しい家族がいます。」
これから過ごす年月の方が、遥かに長くなるのだ。
傍らにいるシェレンと共に。
第三十話 TOP