第三話

 リュオンがモンサール修道院で過ごす内、四年の月日が流れた。

 修道院と学問所の中で、リュオンは特に医学を中心に学び、今では修道院内の施療院で医師を
務めている。
 最近では修道服の上に白衣を着て、患者を診察する時間が長くなってきた。
 近隣だけでなく、遠方からの患者も多い。
 大抵が診療代を払えず、医者にかかれない者達だ。
 モンサール修道院が祈りだけでなく、人々を救済する場所の象徴の所以である。

 交替時間にナティヴ院長が呼んでいると聞き、施療院から脱いだ白衣を片手に院長室に向かった。
 扉を軽くノックし、中に入ると、
「待っていました。リュオン。おかけなさい。」
 いつもの穏やかな口調。
「何の御用でしょうか。」
 やや改まったリュオンにナティヴ院長は柔和な表情を崩さずに言った。
「すっかり大人になりましたね。」
 もう背も高くなり、すでに追い越されてしまった。
 向かい合わせに座っても、見下ろす事が出来なくなっている。
「還俗してみませんか。」
 リュオンは目を見開き、耳を疑った。
 還俗?
 瞬間、別の言葉に変換された。
「破門ですか…!?あの、私に至らない点があれば直します。だから、それだけはご容赦を
お願いします。」
 追い出されたら行き場のないリュオンは必死だ。
 立ち上がって頭を下げるリュオンを、ナティヴ院長はなだめた。
「落ち着きなさい。リュオン。破門ではありません。還俗です。」
 どこが違うのだろう。
 リュオンには同じ意味に聞こえる。
 要するに出て行けと言われてるようなものだ。
 ナティヴ院長は一通の手紙を、テーブルの上に置いた。
「実はディザの療養所から、医師を紹介して欲しいと依頼があったのです。私は貴方をと思っています。」
 モンサール修道院には良く持ち込まれる話だ。
 医師や学者、専門知識に有する人間の斡旋や要請。
「でしたら、このままで参ります。」
 安堵して座り直したリュオンに、ナティヴ院長は思いがけない言葉を返してきた。
「もう一度、人の子として生きてみませんか。」
 戸惑うリュオンを真っ直ぐに見つめ、続ける。
「ここに辿り着いた頃の貴方は、追い詰められた目をしていました。とても放ってはおけませんでした。
しかし現在は成長しました。もう大丈夫でしょう。」
 リュオンは察した。
 ナティヴ院長は、いずれ還俗させるつもりで迎えてくれたのだと。
 自分は修道士に向かないのだろうか。
 再び、世に出るべきか。
「また道に迷ったなら戻っておいでなさい。モンサールは来る者に閉ざす扉は持っておりません。
よくお考えなさい。」
 リュオンは悩んだ。
 逃げ出してきた都。
 だが王宮に帰るわけではない。
 現在のリュオンを必要としてくれる場があるなら。
(人として、医者として生きられるだろうか。)
 剣は役に立たないと思い知らされたから、別の道を探した。
 多様な学問から医学を選んだのも、何かの、誰かの役に立てばという思いが強かった。
 困っている人々は、修道院の外の方がはるかに多い。
 行ってみよう。
 リュオンは偏った世界しか知らない。
 世の広さを、自分の目で確かめたくなった。
 町中を、人々の暮らしを。