還俗して都に赴く事を告げたリュオンに
「そうですか。行ってくれますか。」
ナティヴ院長は嬉し気であった。
リュオンを外に出す時は、還俗が条件と考えていたらしい。
院長室の質素だが重厚な戸棚から、丁寧に布に包んだ剣を取り出した。
長旅になるからと渡そうとするのを、リュオンは断った。
「剣はいりません。もう必要がない物です。」
「道中、長いですよ。」
「どうぞ預かって置いてください。剣で身を守るつもりはありません。」
すでに使わなくなって久しい。
持っていたとしても、扱える自信がない。
二度と剣は持たない。
この誓いだけは、修道服を脱いでも破りたくなかった。
数日後、旅支度のリュオンは、ナティヴ院長と何人かの修道士に見送られ、門を出る。
「元気で、リュオン。たとえ人の世にあっても、いつまでも貴方はモンサールの子ですよ。」
「はい。院長様。お世話になりました。」
門の背後に聳え立つ建物を仰ぎ見て、一礼する。
立ち去るリュオンの後姿に、
「院長様。お目をかけていらしたリュオンがいなくなって、寂しくありませんか。」
一人の修道士が声をかけた。
「リュオンには取り戻さなければならない時間があります。まだ間に合うでしょう。」
少年だったリュオンが見失ってきたもの。
受け入れることを学んだ現在であれば、別の道が開けるだろう。
自身で拒絶したディザの都であっても。
都では若い医師が評判になりつつあった。
一年前に来て、何故か貴族嫌いであり、急患以外はあまり診ない。
腕は良いのだが、特定の貴族のお抱えや主治医にはならない。
そのかわり、お金に困っている患者は無料で診療してくれる。
早朝でも夜中でも往診した。
元々、療養所から要請されて、小さな診療所を任されているが、人出の足りない時は療養所にも顔を出している。
普段は一人で患者を見ており、外に行列が並ぶほどだ。
レポーテの中心ともいうべき王宮では、国王が病床に臥したままであった。
近年、人前に姿を見せる事も稀である。
陰鬱な空気が漂う中に、ちらほらと町の噂も耳に入る。
壁に耳ありで、カルナスとファーゼが個人的な話をするにも、夜、互いの部屋になってしまう。
ファーゼがもたらしたのは、変わり者の町医者。
本当に名医であれば誰でも構わないという心境だが、王宮へ迂闊には呼べない。
宮廷医師達の立場もある。
兄のカルナスに、ファーゼが言った。
「父上を診療してもらうのとは別にして、興味がある。今度、見てくるよ。」
「そうだな。たまには外の空気も吸ってきたほうがいい。」
本当なら王子四人で国を支えるはずだった。
末弟のエセルは今でも子供だろうが、せめてリュオンがいれば状況も違っただろう。
武にも才にも長けていたはずなのに。
もう都にはいないのか。
それとも変名を名乗って暮らしているのか。
一向に見つかる気配がない。
ただ無事な事を祈るばかりであった。