すぐに追い返すわけにいかないと思ったリュオンは、戸棚からグラスと果実酒の瓶を取り出し、
テーブルの上に置き、ファーゼはグラスと引き換えのように、リュオンの前に白い封筒を
一通差し出した。
「詳しい日程は書いておいたが、先方の顔合わせと結婚式の日取りだ。」
「随分、急ですね。」
 封筒を開きながら、リュオンは訝しげに問いかける。
「シャルロットも、もう十八だからな。」
「でも、そんな話があったなら、エセルの婚儀の前でも良かったでしょう。シャルロットは
姉なんですし…。」
「まとまったのはエセルが先だ。」
 メイティムが病に伏せり、カルナスやファーゼが独身のため、シャルロットに対する求婚は
控えられていた形だった。
 しかし、末弟のエセルが婿とはいえ結婚が決まり、遠慮がなくなったのだろう。
 花嫁支度を整える時間を考えると、シャルロットの結婚は引き延ばすしかなかった。
「こんなに早くエセルは帰ってこられませんよ。」
 姉の結婚式とはいえ、相手が王族ならともかく、降嫁では無理とみていい。
「諦めてるよ。だから言わなかった。」
 内々だが、正式にシャルロットの婚約が決まったのは、エセルの婚儀が公布された後の
話である。
 姉のシャルロットより自分が優先されたと、エセルが知れば気に病むに違いないと、黙って
送り出しのだ。
「マリアーナは隠し通せる性分ではなさそうだし、リュオンはエセルのことで頭が一杯の
ようだったから、今日まで黙ってた。」
「シャルロットが納得しての、結婚ですか。」
「もちろん。以前から音楽会やら詩の朗読会やらで、親しかったらしい。母上は気が付かれて
いたようだが…。」
 相手が伯爵家の子息と聞き、リュオンは驚いたようだ。
「公爵家でも侯爵家でもなく、伯爵家ですか。かなりの資産家とか親が大臣とか…。」
「まあ、名門の類だが、どうかしたか。」
「いえ、シャルロットは王女であることに誇りを持ってるから、そこそこの家じゃないと、
気が乗らないんじゃないかと思っただけです。本人が将来を嘱望されてる人物ですか?」
 ファーゼは、軽くため息をつくと、言った。
「文学好きの普通の好青年だ。リュオン、お前、シャルロットを誤解してるぞ。確かに少し
甘えん坊で、わがままなところもあるが、根は優しくて素直な子だよ。」
「それくらい、知ってます。」
「とにかく覚えておいてくれ。まさか来ないなんてことはしないだろうな。」
 ファーゼに釘を刺されて、リュオンは頷く。
 エセルのために、ラジュアくんだりまで行っておいて、ディザでのシャルロットの結婚式に
顔を出さない、というわけにはいかない。
「ちゃんと行きますよ。シャルロットによろしく伝えてください。」
「直接、言ってやれ。」
 話し終えると、ファーゼは立ち上がった。
 戸口の外に出ると、もう星が瞬いている。
「昼間じゃないんですから、気をつけて帰ってください。」
 リュオンの言葉に、
(どうせ日中に来たところで、相手にしないくせに。)
 と、ファーゼは思ったが、一応心配してくれているので、口には出さなかった。 
「大丈夫だ。」
 そう笑うと、静かな町中を馬で駆けて行き、あっという間に姿が見えなくなる。
 リュオンは家の中に入ると、再び予定表を手に取り、目を落としがら、
(今度はシャルロットが花嫁か。)
 ふと妹の顔を思い浮かべるのだった。