翌日、シャルロットは王宮の廊下で、反対側からを歩いてくるリュオンの姿を見つける。
 いつもは近寄ると困った表情を浮べるのだが、今日は違った。
「婚約おめでとう。シャルロット。」
「ありがとうございます。お兄様。」
 一瞬の内に、シャルロットは花のような微笑を浮べる。
 せめて祝いの一言くらい述べようと、足を延ばした甲斐があったというものだ。
「お母様とマリアーナもお部屋にいますわ。どうぞお寄りになってくださいませ。」
 普段なら断るリュオンも、シャルロットの誘いを受ける。
 久しく足を踏み入れることのなかった妹の私室。
 ピンクに白、オフホワイトといった明るく品の良い色を基調としたカーテンに絨毯。
 白木にガラスのはまった飾り棚、並べられた大小数々の人形、美しい絵皿、各所に
置かれている花瓶。
 住人にふさわしく華やかな雰囲気をかもしだしている。
 ソファーに腰掛けていたデラリットとマリアーナが、立ち上がって二人を出迎えてくれた。
 少し前まで、シャルロットの婚約者もいて、リュオンと会ったのは見送った後らしく、
わざわざ自分で席を外すくらいなら、好き合っている証拠だ。
「隠すつもりはなかったのですけど…。」
 シャルロットの多少とまどいながらも、晴れやかな表情を見ているだけで、素直に
喜んでいるのが、ありありとわかる。
 来週には告示することになったので、リュオンとマリアーナに打ち明けたらしい。
 立て続けの結婚式で、宮廷内はかなり慌ただしいことになるだろう。
「お父様が私のために舞踏会を開いてくださるのですって。お兄様もいらっしゃって
くれるでしょう。」
 披露宴は嫁ぐ先で行なうことになるので、祝宴と娘への餞なのだ。
 リュオンは婚約者の一家との顔合わせを兼ねた会食と結婚式以外、頭に入れて
なかったので、返答に詰まった。
「私、お兄様と踊ったことがありませんわ。」
 シャルロットの言葉に、ダンスは苦手だとも拒みきれず、リュオンはつい頷く。
 上手下手の問題ではないのだ。
 帰り際、デラリットが、そっとリュオンに言った。
「シャルロットにお祝いを贈るつもりはないの。」
「私に大層な祝いの品は用意できません。」
「今までシャルロットに何もあげたことないでしょう、リュオン。マリアーナのリボンを見て、
羨ましそうだったわ、あの子。」
「リボン?」
 リュオンは髪を結ぶのに必要かと、マリアーナが還俗した時に渡した薄紅色のリボンを
思い出した。
「シャルロットが欲しがるようなものでもなかったはずですが…。」
 リュオンは不思議そうに首を傾げる。
 比較にならないような髪飾りを山ほど持ってるだろうに。
 デラリットは息子の表情に気が付いたのか、
「子供の頃から、構ってあげてなかったでしょう。少しはシャルロットの気持ちを考えて
あげて。」
 優しい口調だが、たしなめられているには違いない。
 エセルは弟で、同じ緑の瞳をしていたから可愛がるのもわかる。
 だが、妹に関しては、決してシャルロットとマリアーナを公平に扱っていないことは
明らかだ。
 リュオンはマリアーナにだけ優しい。
 避けられ続けてきたシャルロットがそう思い込んでいると、デラリットは伝えようと
したのだろう。
 別に冷たくした覚えのないリュオンだが、接し方に対しては反省する余地は充分に
あるのだった。


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