エセルがラジュアで慌てているように、リュオンもまた頭を悩ませていた。
現在の生活にも余裕がない有様では、結婚祝いと言われても困ってしまう。
ドレスや宝石はおろか、帽子や扇さえ手が届かないのだ。
母や兄に頼んで、リュオンの名で王宮で整えてもらったとしても、ただ形だけで
心がこもってないようで、気が進まない。
時折、町中の店に飾ってある若い娘の好みそうな品を見ては、ため息ばかりがつく。
シャルロットは小さい頃からおしゃれで、可愛くて綺麗なものが大好きで、いくら気持ちが
入ってるからといっても、カード一枚では、喜んでもらえなさそうだ。
(やっぱり、おめでとう、の一言で、済ますわけにもいかないなあ)
診療室の机の前で、ぼんやり考えていると、不意に戸が空き、鈴が鳴った。
入ってきたのは、リュオンが往診に通っていた子供の母親である。
「こんにちは。若先生。」
「こんにちは。今日はどうされました?坊やに何か?」
「もう、すっかり元気になりました。ありがとうございます。今日はお代を払いに…。」
リュオンが、いつでも構わないからと、薬代や診療代を催促しないのはありがたいが、
度重なれば心苦しくなるので、足りない事はわかっていても、少しでも払おうとする人は
多いのだ。
診療所を閉鎖でもされたら、困るのは自分達である。
「今日はお給金が入りましたので…。」
リュオンは、その母親が大きな仕立て屋から手内職の仕事をもらっていることを思い出した。
差し出された診療代を、受け取らずに、
「これはお返しします。かわりにお願いしたいことがあるんですが、よろしいですか。」
頼みごとを聞いた母親は快く引き受けてくれた。
てっきりマリアーナの物だと思ったら、どうも違うらしいので、
「若先生が贈り物をする娘さんが、いらっしゃるんですか。」
随分と驚いた様子に、誤解されては困ると、
「結婚祝いなんですよ。」
と、リュオンは慌てて言い、特にいつまでとは指定しなかったが、数日後には頼んだ品を
持って来てくれた。
「お祝いなら、早い方がよろしいでしょう。」
「ありがとうございます。助かりました。」
リュオンが礼と一緒に手間賃を出そうとすると、
「いいんですよ。先生にはお世話になってますから。」
「でも、急いで作ってもらったんですし…。」
せめて材料費をと思ったのだが、相手もたまっているだろう診療代を考えると受け取る気に
ならず、結局断られたのである。
朝からマリアーナが診療所に訪れた日は、シャルロットの婚約者の一家を交えた会食が
行なわれる予定になっていた。
夕方には、リュオンにも王宮にいてもらわないと困るので、手伝いを口実にした、迎えの
ようなものだ。
折りを見て、早々に診療所の鍵を閉めたリュオンは、マリアーナと連れ立って歩きながら、
「余程、信用されてないな。私は。」
まるで独り言のように呟いた。
「そんなことはありませんわ。」
マリアーナの困ったような顔を見ると、さすがに非難めいたことは言えない。
「ちゃんと約束は守るよ。」
修道士だった人間が一度約束したことを破るような、道に背くことは出来ない。
まして妹の祝いの席をすっぽかしたとあっては、父や兄に怒られるのはともかく、シャルロットに
泣かれるのが目に見えるではないか。