リュオンの王宮の部屋には、いつも服から靴まで着替え一式が揃えられているのだが、
一度として同じ物がない。
 クローゼットやチェストの中が、知らぬ間に増えているのは確かなようだ。
 支度が済み、赤いリボンのかかった白い箱を手に持って、シャルロットの部屋を訪れた。
「お兄様からのお祝いですのね。」
 テーブルで包みを解いたシャルロットの表情に喜色が浮かぶ。
「素敵…!」
 ピンクの薔薇の造花に金のチュールレースがついた髪飾り。
「似たようなものはたくさんあるだろうけど、ピンクの薔薇がいいかと思って。」
「お兄様、覚えていてくださったのね。嬉しいですわ。」
 シャルロットは箱から髪飾りを取り出して、にっこりと微笑んだ。
 何年も会うことすらなかったリュオンが、まさか自分の好きな花を覚えているとは
思わず、少し後に居間に姿を表した時、シャルロットは髪飾りを付け替えてきた。
 シャルロットの亜麻色の髪にピンクの薔薇が一層映えている。
「とてもお似合いですわ。お姉様。」
 マリアーナが褒めているのを聞くと、リュオンが言った。
「いつか結婚が決まったら、マリアーナにはコスモスの花のものを贈るよ。」
 ちょうどシャルロットの婚約者の一家が到着したという報せが届き、部屋を移ろうとすると、
カルナスがリュオンを呼び止める。
「マリアーナの好きな花はコスモスなのか?」
「そうですよ。母上はさんざしでしたね。」
「良く覚えてるな。」
 ファーゼが感心したように呟いた。 
「花摘みには何度も行きましたよ。」
 デラリットやシャルロットの供に付いて行ったり、王宮にこもりがちだったマリアーナや
エセルを連れ出したこともあり、母や妹の好きな花は自然と覚えてしまったのである。
 マリアーナの好きな花も知らなかったカルナスとファーゼは、王宮の庭園にコスモスが
咲いていただろうかと、思い巡らした。
 シャルロットは部屋によく好きな花を飾っており、婚約者も承知しているように手土産は
いつも薔薇の花束で、すでにシャルロットのために私邸の薔薇の植込みを造園したらしい。
 今夜もピンク薔薇とかすみ草の花束を、デラリットとマリアーナの分を含め、ちゃんと三つ
持参してきている。
 もう一つ特別な物は指輪だ。
 美しいローズピンクの光沢を放ち、誰もが珊瑚かと思ったが、真珠だという。
 シャルロットが好きな色がピンクだと知っていた婚約者の青年は、コンクパールという非常に
珍しい種類のピンクの真珠の話を耳にし、随分と手を尽くし探し求めたらしい。
 金の台座には、他にダイヤとシャルロットの瞳と同じ色のサファイアが散りばめられている。
 もちろん指輪の出来映えも見事なものだが、シャルロットが祝福されて嫁ぐ様子が、何とも
幸福そうだ。
 いかにも貴公子という形容がふさわしい青年に、温厚そうな両親の伯爵夫妻。
 初対面のリュオンにも、メイティムとデラリットが安心して、シャルロットを送り出せるに足ると
納得したのもわかる気がする。
 王女を娶るということは、大変な誉れではあるが、己の野心や栄達に利用する気配が、
少し感じられないのが一番の理由だろう。
 家族に囲まれ、はにかみながらも二人が見つめ合い、互いに嬉しそうな表情が印象的であり、
その場にいる誰もが、心から微笑ましく思ったのであった。



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