第三十二話

 木々の葉が黄や赤に彩られる頃になると、秋の気配が深くなる頃には、シャルロットの嫁ぐ日も
指折り数えるほどになった。
 王女の輿入れともなると、たとえ降嫁とはいえ、豪勢な支度が整えられ、あちらこちらから、数多く
祝いの品々も届く。
 ラジュアから使者と共に祝いを贈ってきたのは、王宮でシャルロットのためにと舞踏会が開かれる
当日で、エセルとシェレンから祝辞と結婚式へ参列できない侘びが綴られた手紙と、ロテスからも
丁寧な言葉が添えられていた。
 嫁ぐ妹にせがまれ、仕方なく王宮を訪れたリュオンは、嬉々とした表情のシャルロットに迎えられ、
テーブルに所狭しと並べられたエセルからの結婚祝いに目を見張った。
「どれも素晴らしいの。本当に嬉しいわ。」
 特にシャルロットが気にいったのは、燭台と対の雪花石膏で美しい宝石箱。
 中には象牙と珊瑚で薔薇の花をモチーフとした髪飾り、首飾り、イヤリング、ブレスレットにいたる
装飾品。
「私が薔薇を好きなのを覚えていてくれたのね。」
 茶器のセットも、やはりピンクの薔薇が描かれていたのだ。
「見立ては姫かもしれませんわ。」
 エセルが調度や宝飾品について詳しいとも、マリアーナには思えない。
 多分、シェレンと二人の妹姫エリーカとユミアの助言も大きいはずである。
 ただシャルロットが好んでいる象牙と珊瑚が使われているので、エセルはシェレンに贈る品を
選ぶ際に、姉に見せてもらった宝石箱や装飾品を記憶していたに違いない。
 喜んだシャルロットは、舞踏会の席に身につけていき、
「大変気に入りました、と伝えてくださいね。」
 微笑んでラジュアの使者に挨拶した。
 エセルはもちろんのこと、シェレンもロテスも気に病んでいたから、安心するだろう。
 おそらくシャルロットが王女として、大勢の前に姿を現す最後の機会となるので、今夜の
エスコート役は婚約者ではなく、父と兄達である。
 急とも言うべき慶事に、人知れず失恋を味わった貴公子達も少なからず、この場にいた。
 亜麻色の髪に、海の青をたたえる瞳のデラリット譲りの美しさを持つシャルロットに、心魅かれる
者は多く、加えて国王夫妻の愛姫とあっては、将来の出世さえ決して高望みではない。
 相応の家名を有する人間であれば、シャルロット本人だけでなく、付随するであろう富と名誉と
地位を自分の物にと野心を抱いても当然であった。
「姫の婚約がすでに整っていたとは残念なことだ。」
「まったくだ。殿下の婚儀に気を取られていて油断した。」
「しかし、姫ならもう一人…。」
 誰ともなく視線を動かした先には、マリアーナがいる。 
 人々の目のつかない内に、すっかり成長し、決してシャルロットに容姿ではひけをとらない。
「まあ、血筋では多少劣るが、姫には違いない。」
「ラジュアと繋がりもできるしな。」
 リュオンが聞けば、目をつりあげて本気で怒りそうな台詞だ。
 だが、マリアーナを見つめる貴公子の半分は似たような思いを持つだろう。
 いずれシャルロットとマリアーナの夫となる男は厚遇されるに違いないと。
 幸いなことに、多くの祝辞にまぎれ、王家の人間の耳に届く気配はなさそうであった。
「リュオンお兄様。踊ってくださる約束でしょう?」
 シャルロットがリュオンに声をかけてきたのは、舞踏会も終わりに近付く頃である。
「では、一曲お相手願えますか。」
 リュオンが右手を差し出すと、シャルロットは微笑みながら指を重ねた。
「お兄様に誘っていただくのは、初めてね。」
 王宮で開かれる舞踏会にさえ、リュオンには数年ぶりであり、その当時シャルロットは夜遅くの
舞踏会に姿を出すには、まだ幼すぎたのだから当然である。