白くほっそりとしたしなやかな手。
「シャルロットもすっかり貴婦人らしくなってしまったな。」
初めての姫で、メイティムもデラリットも、とても誕生を喜んだ妹。
二人とも、寂しくも思っているだろう。
しかし嫁ごうとするシャルロットに、、いつでも帰ってきて良いと言うのも、はばかられる。
「いつまでも睦まじく幸せに。」
結局、リュオンはありきたりの言葉しか浮かばなかったが、それでもシャルロットは嬉しそうに
微笑んだ。
「ありがとう、お兄様。時々は遊びにいらっしゃってくださいね。」
リュオンとシャルロットの踊る姿を見て、在りし日、メイティムとデラリットが結婚した頃を
思い出す者もいた。
デラリットを理想と描いているシャルロットには母に似ているということは、喜ばしい褒め言葉と
受け取めても、リュオンにとってあまり快いことではない。
ただ二人の持つ雰囲気の違いは、間近に見れば、シャルロットの婚約者ニコラスでさえわかる。
(リュオン殿下はもっと溌剌とした御方だったような…?)
以前との漠然とした印象の食い違いを感じた。
ニコラスは少年の頃のリュオンを多少とも覚えている。
何年も前に開かれた馬術大会。
ファーゼが見てるだけではつまらないと、弟のリュオンを誘って競技の勝敗とは関係なく
参加したことがあった。
颯爽として柵を乗り越えた馬上の姿は、誰しもが将来はどのような騎士になるのかと想像したに
違いない。
マリアーナとエセルに付き添って地方へ行き、ディザの都に帰ってきても王宮で暮らしておらず、
別邸で住まってることになっている。
ただ「別邸」なるものが、都の片隅の診療所であるとは、ニコラスは聞かされていなかった。
シャルロットもリュオンが町医者になった経緯を知らないので、話をするにも出来ないのだ。
「楽しそうですね。姫は。」
ニコラスは胸中で呟いたつもりだったが、つい口に出してしまい、言葉を耳にしたファーゼが
笑いながら言った。
「今宵は我慢してくれないか。今はまだ我らの妹だ。」
聞かれたかと思うと、途端にニコラスの顔が赤くなる。
「特にリュオンはろくに王宮にいないからな。」
「別邸にお住まいだと姫にうかがいました。」
「長く離れていたせいで、王宮は堅苦しいんだそうだ。…ところで自分の婚約者をいまだに
『姫』か?」
名前で呼び合うことにまだ慣れてないのは、ファーゼの質問に答えられないでいるニコラスの
様子でわかる。
夫婦になるというのに仕方のない、という目で、間もなく弟になる青年を見てしまった。
二人のやりとりが聞こえたカルナスが、会話に入る。
「エセルも結婚するまで、『姫』だったよ。」
恋文はどうだったか知らないが、エセルは人前ではシェレンを「姫」と呼んでいた。
シェレンの方が年上というより、おそらくは気恥ずかしさがあったに違いない。
挙式後ならともかく、ニコラスにはシャルロットの王女という立場に対しての遠慮もあり、
大勢の前で、名を呼ぶのはためらわれるのだろう。
祝いにかこつけて嫌味や皮肉をいう者がいては尚更だ。
シャルロット自身を含め、王室一家の誰もが快諾したからこそ、露骨に表面に出さないものの、
異を唱える人間がいないわけではなかった。
しかし、ニコラスにとって、どのような羨望と妬みも、シャルロットを得られる嬉しさと誇らしさには
叶わないのである。