数日後、小春日和の澄み切った空と同じくらい晴れやかな表情のマリアーナが、まさに王宮を
出立しようとしている。。
 上品なブルーグレーの花嫁衣装に身を包んだ妹を見たリュオンは、不思議に思った。
 明るい色を好むシャルロットにしては、随分と落ち着いた感じのドレスだ。
「どうかしたか?」
 リュオンの表情に気が付いたのか、カルナスが声をかけてくる。
「シャルロットのことだから、てっきりドレスはピンクかと…。」
「祝宴用のドレスはピンクだ。」
 ろくに王宮に来ないリュオンの、妹が婚礼に用意したドレスさえ知らない有様に、カルナスは
やや呆れた気味だ。
 尚、納得しかねるような顔をするリュオンに、ファーゼが言った。
「まったく鈍いな、リュオンは。」
「何がですか?」
「ニコラス卿の顔、覚えてるだろう。」
「もちろんです。」
 ふとリュオンは鳶色の髪に、いささかくすんだような青灰色の瞳のニコラスを思い出す。
「ニコラス卿の目の色と同じ、ですか。」
 晴れの日の衣装に、夫になる人物の瞳の色を選ぶほど想っているのなら、きっと幸福に
なるだろう。
 ラジュアに赴いたエセルもシェレンの指輪には、瞳の色を映すアクアマリンを贈った。
 愛しい人の面影偲ばせるかように。
 
 甘えっ子で少しわがままな妹、という姿は、三人の兄は挙式の場において、過去の物に
なったことを実感した。
 何よりも、婚礼の祝宴にお互いの手を取り合い、輝くばかりの微笑を浮べて現れたシャルロットが
一際美しく見えることこそ、自分達の手を離れた、一番確かな証である。
 あまり王室関係者が長くいても興が冷めるだろうと、中座してしまったが、カルナスとファーゼは、
次は誰の番か、という話をされたくないという理由もあった。
 妹の祝いの席で、結婚を勧められても困る。
 ただでさえ、メイティムの健康が回復し、エセルが結婚して以来、耳にすることが多いのだ。
 シャルロットが嫁いだ今となっては、尚更だろう。
「下から順では、私は最後だな。」
 馬車の中で苦笑するカルナスに、マリアーナが言った。
「私はお兄様方が結婚なさるまで、お嫁には行きませんわ。」
「好きな人が出来れば、遠慮する必要はないよ。」
 マリアーナの言葉にカルナスは慌てた。
「修道女になるつもりだったのですもの。まだ結婚など考えられませんわ。」
 やっと王宮に生活に慣れ始めたマリアーナには遠い先のことのようだ。
「もう『人の娘』だよ。マリアーナ。」
 隣に座っていたリュオンが口を開いた。
 いずれは、シャルロットのように誰かの元へ嫁ぐ日もくるだろう。
(皆、子供だと思っていたのに…)
 三人の兄に共通した感慨が浮かんだ。
 上の兄弟達は、比較的年齢が近いせいか、特にカルナスにしてみれば、ファーゼとリュオンが
はっきりした性格だっただけに、後に生まれた妹や弟が余計幼く見えていた。
 何しろ素直である。
 お互いに遠慮のない物言いをする二人とは大違いだ。
 年少の頃より、国政を担う協力者という見方をしてきたせいかもしれない。
 この弟達なら誰よりも信頼できる。
 カルナスは王子であれば、お互いメイティムの補佐として将来に備えて当然と思っていた。
 だがリュオンを一歳しか離れていないファーゼと同じように考えず、もっと甘えさせても
良かったのだろうか。
 幸福なまま花嫁になったシャルロットのように…。


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