第三十三話

 シャルロットがバール伯爵家へ嫁ぎ、収穫祭が近付くとリュオンは、ぱったりと王宮に姿を
見せなくなった。
 単に用がなくなった、というだけでなく、風が冷たくなると共に診療所も忙しくなるのだ。
 マリアーナも以前ほど手伝いに行けなくなっており、リュオンが町中を駆けずり回っているかと
思うと、気がかりでならない。
「収穫祭の日は、出かけてもよろしいですか?」
 午後のお茶の時間、家族が揃っている席でマリアーナは口を開いた。
「祭り見物なら、一緒に行こう。」
 ファーゼは笑って応じたのは、自分も息抜きをしたいに違いない。
「いえ、私はリュオンお兄様の所へ…。」
 もう約束があるのかと思えば、街が賑わう日は診療所にも人が絶えないという。
「祭りなら酔っぱらいや喧嘩騒ぎもあるか…。」
 途端にメイティムとカルナスの表情は強張り、デラリットは一瞬にして青ざめたほどである。
 ファーゼは自分で言っておいて、一人歩きはさせられないと気付いたらしい。
「やっぱり私も付いていく。」
「慣れておりますから大丈夫ですわ。ファーゼお兄様。」
「ダメ!危ないだろう。」
 もし、誰かにからまれでもしたら、どうするのだ。
 ただでさえ、若い娘であり、ましてマリアーナは贔屓目を差し引いて尚、可憐な美少女である。
「でも…。」
 マリアーナは言いよどみながら、言葉を続けた。
「ファーゼお兄様と一緒だと目立ちます。」
「派手な服は着ていかないよ。」
 マリアーナが言いたいのは、背が高くデラリットに似た品の良い顔立ちのファーゼの容姿は
かなり人目を引くということなのだ。
 しかし一向に本人が気にしてない以上、どう伝えていいかわからず、断れそうもなかった。
 あまり強く遠慮すれば、一緒に歩くのが嫌なのかと誤解されてしまうだろう。
 幼い頃から慣れ親しんだリュオンは別にしても、マリアーナは年の離れた優しい二人の兄も
好きなのである。

 収穫祭当日は、多少冷え込みはあるものの、抜けるような青さが空に広がっていた。
 まだ早いと思われる時刻に、ファーゼとマリアーナが診療所に向かうと、リュオンは白衣こそ着て
いなかったものの、往診鞄を手にしようとしている。
「おはようございます。お兄様。往診ですか?」
 マリアーナが挨拶すると、リュオンは笑顔で応えた。
「おはよう、マリアーナ。往診じゃないよ。買い物ついでに外の様子を見てこようと思って。」
「珍しい。リュオンも祭り見物か。」
「まだ忙しくなりませんからね。兄上こそマリアーナをダシにして、王宮を抜け出てこられて
きたんですか。」
「せっかくですもの。三人で行きましょう。お兄様。」
 収穫祭という楽しい日に、あやうく雲行きがあやしくなりかそうな気配を感じ、マリアーナが
間に入る。 
「三人で?」
「私も一緒じゃ不満そうだな。リュオン。」
「違いますよ。ただ人の目に付きやすいだろうなと。」
「身長は大して変わらないぞ。」
「背の高さじゃありません。兄上は絹服でなくても、平民に見えないんですよ。」
 リュオンは答えながら、苦笑を禁じ得ない。
 ファーゼの持つ育ちの良さは隠しようがないのだ。