町の生活に馴染んでしまっているリュオンはともかく、王子であれば生まれながらの高貴さが
身に備わっていて、当然だろう。
「一応、剣は置いてきたんだがな。」
「持ってこなかったんですか!?」
リュオンは思わず声が高くなった。
大胆というか、無防備というか。
「そんなに驚くことでもないだろう。短剣で充分だ。」
大体、マリアーナとエセルでさえ何事もなく過ごしてきたのである。
そうそう危険であるはずがない。
買い物かごを持ち出しながら、マリアーナがとまどった表情をしているのを見て、リュオンは
戸口を開けた。
「兄上が迷子になるとも思いませんが、町の案内くらいはしましょう。」
「誰が迷子だ!」
三人連れ立って、一本路地を抜けると、賑わいが聞こえてくる。
通りが広くなれば、道の両脇に露店が立ち並び、人が行き交う。
収穫祭だけに農作物の店が多いが、布や細工物、各種工芸品も目立つ。
山と詰まれた野菜や果物に、ファーゼの表情も綻んだ。
「良かった。今年は豊作のようだな。」
「一応、物見も兼ねていたんですね。」
リュオンが感心したように言った。
「当たり前だ。」
本当にただの遊びだと思われては心外とばかりの口ぶりである。
「勝手に税や物の値を吊り上げられて、反論できないと困るからな。」
国王のメイティムが病床にあるのを良い事に、重臣や商人が結託する様に、カルナスと二人、
どれだけ頭を悩ませた事か。
決してレポーテの国政を、私利私欲に駆られた輩の好き放題にさせてはならぬと、目を離さずに
してきたのである。
ファーゼがお忍びだ、遠乗りだと称して王宮の外に出て行く理由は、単なる息抜きだけでは
なかったのだ。
リュオンはファーゼと再会した昨年を思い出す。
宮廷医師はあてにならないと、耳にした町医者をリュオンと知らずに探しにきたほどである。
誰かに調べさせればすむものを、自分で確かめたかったのだろう。
人々が集まってくる中、しばらく歩いていると、
「先生ー!」
ふいに大きな声で呼ばれ、リュオンが立ち止まると駆け寄って来る影が見えた。
「良かった。今、呼びに行こうと思ってたんです。向こうで怪我人が…!。」
怪我人と聞いて、リュオンも反射的に走り出し、
「後、よろしく。」
そう言い残して、人込みに紛れていく。
「診療所に戻るか?マリアーナ。」
追いかけたそうな妹の顔を見て、ファーゼが訊ねた。
どうも楽しんでいる余裕はなくなったらしい。
頷きかけたマリアーナに、持っているかごが目に映る。
「ああ、買い物がまだだったな。一回りすれば揃うだろう。」
ファーゼは右手でマリアーナの手を取り、左手でかごを掴んだ。
「お兄様。それくらい自分で持ちますわ。」
「いいから。おいで。」
人込みをすり抜けるかように、再び歩き始めた。