リュオンが怪我人の手当てをし、広場や公園に設けられた救護所に寄って、診療所に
戻ったのは、マリアーナが荷物を整理している時だった。
「ただいま。」
「お帰りなさい。ファーゼお兄様は、また夕方に迎えにきてくださるそうですわ。」
 テーブルの上に積み上げられた数々のパンや野菜を見て、リュオンは目を丸くした。
「随分と買いこんできたね。」
「全部、お兄様が持ってくださったの。」
「兄上に荷物持ちさせたんだ。」
「そんなつもりはなかんですけど…。」
 思わずリュオンは笑ってしまう。
 ファーゼが一緒にいて、マリアーナに重い荷物を抱えさせるようなことはできないはずだ。
 ふとリュオンは、マリアーナの頭に木の実をかたどった髪飾りに気付いた。
 よく見れば、お揃いのブローチも付けている。
 通りがかりの店で、ファーゼが見つけて
「今日は収穫祭だから。」
 とマリアーナにプレゼントしてくれたという。
 手ぶらで帰ってきてしまったリュオンには耳の痛い話だ。

 混雑の中で怪我をした患者が来るようになると、何人かから、
「先刻、マリアーナさんが見かけない男の人といましたよ。」
 心配そうに言われる度、リュオンは苦笑してしまう。
 直接マリアーナに
「あの素敵な人、誰?恋人なの?」
 そう聞いてくる若い娘や子供もいる。
「身内なんです。」
 正直に答えても、まだ不審そうな素振りを見せる者もいるが、妙に納得して、
「そういえば、先生に似てましたね。」
「私には似てないでしょう。」
「顔じゃなくて、雰囲気ですよ。」
 あまり兄弟と似てると考えていないリュオンは首を傾げてしまう。
 マリアーナもそれほど多くの人間に目撃されているとは思ってもみなかった。
「やっぱりお兄様は綺麗な顔立ちなのですわ。」
「…それ兄上に言わない方がいいな。男に綺麗というのは、褒め言葉にならないよ。」
 まさか噂の種になってるとも知らず、ファーゼが再び診療所を訪れたのは、街の灯りが多くなる
時刻だった。
「マリアーナの恋人?私が?そんな風に見えるのか。」 
 話を聞いたファーゼも驚いている。
 自分にとっては年齢の離れた妹でも、世間的に五歳や六歳の差なんて珍しくないのだ。
「しかし、兄上。マリアーナの他に誘う女性は…。」
「もうシャルロットが人妻だからな。」
 ファーゼだって、特定の恋人がいれば、収穫祭に妹の送り迎えはしないだろう。
 姉の名前が出て、マリアーナが思い出したように、
「お姉様から、お邸へのお招きを受けているんですけど…。」
「いいじゃないか。行っておいで。」
 リュオンが何気なく言うと、ファーゼが衝立の裏に回る。
「ああ、そうだ。欲しい薬があるんだが、こっちか?」
「ちょっと待って、兄上。勝手に薬品棚に触らないでください。」
 足早に追いかけてきたリュオンは、拍子にファーゼに足を踏まれた。
「何するんですか。」
「悪い。暗くて。」
 大してすまなそうでなく謝った後で、ファーゼは声を低めた。
「いくら妹でも女性からの誘いを断るなよ。マリアーナはリュオンにエスコートして欲しいんだ。」
 マリアーナにとってどれだけ打ち解けたとしても、そばにいて一番安心できる相手は
リュオンなのだ。
「それにシャルロットの顔も立つだろう。」
 ファーゼがわざわざ薬品棚に近付いたのは、リュオンにそれを言いたかったらしい。
 口実とわかっても、リュオンは一応何かの薬を取り出した。
「ファーゼ兄上は昔から生傷が絶えませんでしたね。」
 そう言い添えるところを見ると、傷薬だろう。
「胃薬も入れておきました。これからは行事が増えて、お酒の席も増えるでしょう。」
「…ありがたく貰っていくよ。」
 ファーゼとマリアーナが外に出ると、まだ街の賑わいが耳に聞こえてくる。
 今夜は人出が途絶えるには、時間がかかるだろう。
 帰り道、ファーゼがマリアーナと腕を組んで歩き始めたのは、恋人同士に間違えられたという
先程の話を思い出したからだが、多分、通りすぎる人の目には、より自然に映っただろう。
 仲良さそうに寄り添う姿が、あちらこちらに溢れかえっていたのだから。



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