第三十四話
秋から冬にかけて、何かと王室行事も多い。
ほとんど素知らぬフリのリュオンだが、シャルロットからの招待やラジュアの使者の来訪と
なると、兄弟の体面にも関わるので、重い腰を上げざるを得ない。
それぞれの婚家に対する配慮くらいは持ち合わせているのだ。
もっともバール伯爵家にはお茶会のつもりで出かければ、兄弟揃ってのことだからと、
王宮で正装に着替えさせられた時点で妙だとは思ったが、やはり食事の席で、喜んでいる
シャルロットの手前、途中で帰るわけにもいかなくなったのである。
それにシャルロットはリュオンが来るまで、エセルが結婚祝いにと贈った茶器を使わずに
いたようだ。
「最初のお客様はリュオンお兄様の方が、エセルも喜びますわ。」
エセルが生まれた時、一番喜んだのはリュオンだと子供の頃からいわれているからだろう。
マリアーナがリュオンを言葉少なにも誘おうとしていたのも、薄々シャルロットの気持ちに
感付いたせいである。
ただリュオンとマリアーナが揃ってきたところで、はたして会話が弾んだかどうか。
シャルロットの夫であるニコラスも、さほど話上手ではなさそうだ。
聞いたところでは、エセルの場合と違い、知り合って間もないというわけでもないようだが、
(どうやって親しくなったんだ、この二人は)
とは、リュオンでなくとも疑問が残る。
それでも名前で呼び合うようになった新婚夫婦の姿に、ふとエセルシェレンの姿が重なった。
ラジュアの弟夫婦もかくあろうかと。
仲睦まじい様子に安心しての帰途、まっすぐ診療所に戻るかと思ったリュオンは素直に王宮まで
一緒に来た。
理由はといえば、礼服なんかで町を歩けないということだ。
「大体、いつも新調してくれなくていいです。ラジュアに行く時作ったのもあるでしょう。わざわざ
無駄遣いしなくても。兄上達の服借りても間に合うし…。ああ、ファーゼ兄上はすぐ着られなく
なるんで私までまわってこないですね。」
「子供の頃じゃないんだぞ。」
ファーゼはいささか怒ったような口調で言い返した。
兄弟が多ければ、礼服はともかく普段の服はお下がりになるのだが、ファーゼは外で
遊んでいる内に破ったり汚したりするので、とてもリュオンやエセルがが袖を通せる代物では
なかったのである。
それに質素な暮らしが身に付いてしまい、おしゃれが好きだったシャルロットとは正反対にドレスや
アクセサリーの流行とは無縁だったため、、いまだ着飾るが苦手なマリアーナの前で言われても
困るのだ。
もったいないのはまだいいとして、自分ばかり申し訳ないと思われてはどうにもしがたい。
マリアーナは性格がおとなしく控えめだけではなく、やはり遠慮がある。
生母が同じだったエセルはラジュアへ、仲が良いリュオンは町に、打ち解けてきたのも束の間、
シャルロットは嫁いでしまった。
いくら優しくても国王の父と半分しか血の繋がらない年の離れた兄、まして生さぬ仲の母の間で、
気を遣ってしまうらしい。
明らかに王宮を避けているリュオンと違い本人は馴染んできているつもりかも知れないが、
診療所に出かけるときの嬉々とした表情を見ると、共に暮らす家族としてはいたたまれない
気持ちにもなるではないか。
ただ、リュオンにはもう一つ心当たりがある。
鏡に映る自分の姿が誰にも似ていないとしたら、疎外感もわくだろう。
リュオンにとっても懐かしいローネの面差し。
今となっては知る者も少なく、人目に触れることない場所に飾られた肖像画が、僅かに残るだけで
ある。