ほどなくメイティムがカルナスの私室に現れた。
 誰からかリュオンが探していたとでも聞いたのだろう。
「父上。お伺いしたいことがあります。」
 改まったカルナスの口調と、隣にいるファーゼの表情から、あまり良い話ではなさそうだと悟り
ながらも、メイティムは二人の息子を自分の部屋へ呼んだ。
 当分、誰も近付けないようにさせておいて、カルナスとファーゼと向かい合わせに座る。
 リュオンが帰った経緯を聞いたメイティムは呟いた。
「そうか…。リュオンなら怒るだろうとは思っていた。」
 多分、聞きたいのはローネのことだろう。
 マリアーナとエセルの生母だった父の側室について、彼らはろくに知識がない。
「一応、ローネはある貴族の養女として王宮に上がったのだが、元は平民で、こころよく思わぬ者も
多かった。」
 そのことならば、カルナスとファーゼも知っている。
 いかに取り繕うと出自に関することは、口に出さずとも漏れるものだ。
「それだけではないでしょう。リュオンが幼いマリアーナとエセルを連れてまで、出奔した理由は。」
 ファーゼが身を乗り出した。
 国王でなくとも、貴族が平民の娘を見初めて側室にするのは、よくあることだ。
 別に隠し通すほどでもないだろう。
「…ローネが亡くなった際、そばに医師はいなかった…。」
 搾り出すようなメイティムの声。
「どういうことですか…!?」
「いなかったのだ、医師も看護婦も。」
「待ってください。あの時は…。」
 カルナスとファーゼが、記憶の糸を手繰り寄せるように、頭を抱え込む。
 もう何年前になるだろうか。
 ちょうどメイティムは病床に伏せるようになった頃。
 国中で、流行り病が猛威がふるった年でもあった。
「確か、父上とシャルロットと私も…。」
 はっとしてカルナスは口をつぐんだ。
 当時の王宮は病人だらけだったのだ。
 ファーゼも思い出した。
 国王と皇太子が倒れたとあって、次に王位継承権を持つファーゼは、二人の病室から
離される様に一時期居室を移された。
「でも、リュオンは、まさか人を呼ばなかったわけではないでしょう?」
「来なかったそうだ…。」
 宮廷医師達とデラリットが三人の病室の行き来し通しの中、響き渡ったはずの呼び鈴の音。
 意識の底で、何かを察したメイティムと、助けを求めた侍女の訴えに驚いたデラリットと医師が
驚いて駆けつけた時には、すでに息を引き取った後だった。
「振り向いたリュオンの顔は、忘れられぬ…。」
 ローネにすがりつくように泣いていたマリアーナとエセル。
 二人を抱きかかえるようにしていたリュオン。
 おそらく自分も泣き出したのを、堪えていたに違いない。
 −今更、何しに来た−
 リュオンの緑の瞳が、近付こうとした人間を圧倒するほどに、物語っていた。
 責められるべきは己だとメイティム自身が感じ、誰かに責任を負わせることを避ける意味もあり、
あえて事を公にせずにいたのである。
 自分の不注意だと嘆くデラリットに、
「母上のせいじゃない…。」
 リュオンも首を横に振った。
 父メイティムに対した怒りと悲しみを、リュオンは決して他の家族には向けようとはしなかった
のである。


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