第35話
リュオンは人から誤解されるほど、幼い頃からローネも「母」と呼んでいた。
だが、今のように両親や兄弟とあからさまに距離を置いて接するような事はなかった。
少なくとも子供の頃は。
「調べてごらんになるといい。」
リュオンの言葉が耳に残ったファーゼが夜になるのを待って、古い記録や公文書などの資料がある
部屋に行くと、すでにカルナスが先客として来ていた。
気になって眠れないのはお互い様らしい。
リュオンが調べてみろと言ったからには、何かあるのだ。
ローネがメイティムの側室として王宮に上がったのはカルナス誕生後なのだが、マリアーナを見て
メイティムが出会った頃のローネに良く似ていると言うのを、同じ年頃の、という意味であれば、
皇太子時代、デラリットとの結婚前まで遡ることが出来る。
結婚前からの恋人だの、平民の出身だの、隠し通すほどのことではない。
二人が思い当たる貴族の関わった大きな事件として、ある地方領主の謀反がある。
とかく非道の噂も多く、都からもさほど離れてないため、真偽を問うための出頭を何度促しても、
使者が追い返されるだけでなく襲われるにいたり、軍隊を差し向け、捕らえられるまで抵抗し、
護送の途中逃亡を計り、その際の負傷が元でディザの到着前に命を落としたことで、一応の
終結をみた。
証人としてローネという村娘の名前を見つけたのは、見逃がしてしまいそうな文面の詳細からで
あった。
記載には奉公人とある。
「でも罪に問われることはなかったんじゃないか?」
ファーゼが驚きながらも、首を傾げる。
だがカルナスはもっと難しい表情をした。
「もし、妾扱い、されていたとしたら…?」
「まさか。まだ、16か17くらいだろう…!?」
ありえない話ではないのだ。
好色な領主が、若く美しい娘を奉公の目的で館に差し出させることくらいあったに違いない。
他の男の、まして直接加担したのでなくとも、謀反人の愛人だったとすれば、ローネに対する
風当たりも強かったことだろう。
「じゃあ、兄上、王宮に出仕していたのを父上が見初めたというのは、作り話?」
「まんざら嘘でもないんじゃないか。王宮で仕事を世話したのかもしれない。」
ローネには身寄りがないと聞いている。
あるいはメイティムが人伝に耳にし、下働きにでもと口添えしたとも考えられる話だ。
わざわざディザまで連れてこられたのは、ただ生証人というだけではなく、本人も村から離れたいと
願った可能性もあるだろう。
ランプのろうそくの灯りだけが揺らめく、薄暗い中、カルナスとファーゼは、釘付けにされたように
なってしまった。
二人にとってローネは母の恋敵というよりは、マリアーナとエセルの生母だったせいか、むしろ父に
庇護された女性という印象がある。
確かに翳りがあるようではあったが、顔を合わすことさえ少なかったので、控えめでおとなしい
くらいしかわからないのだ。
「とにかく今度こそ父上には事情を話していただかないとな。」
カルナスの言葉にファーゼも頷くのであった。