当時のリュオンは、文武共に秀でた才を窺わせ、教育係達の評価も良く、頑健と言い難かった
メイティムとすれば、まさに分身のような同じ姿をした我が子の健やかな成長ぶりも嬉しかった。
 馬や剣が上達したと聞いては喜び、様子を見に行っては言葉をかけていたことは、カルナスや
ファーゼも覚えている。
 だが父に褒められ、素直に笑っていたリュオンに、いつしかメイティムが声をかけるのをためらうように
なったのは、考えればローネが生きている頃からの話だ。
 まだ何かある、そう思った途端、微かなノックの音と共に、デラリットが入ってきた。
「母上…。」
「どうぞ続けて。まだ話は終わってないのでしょう。」
 できれば母に聞かれたくない話をしていた二人の息子達の表情は複雑だ。
「リュオンが私を避けていることは、ちゃんと理由があるのです。」
「デラリット。後は私から話す。」
「いいえ、いいのです。あなたもリュオンも口に出せなかったから、黙っていたことですもの。」
 デラリットはカルナスとファーゼに視線を向けた。
「10年前、ローネさんがあらぬ誤解のために幽閉されたことがあるのです…。」
 メイティムが不在時の、デラリットの急病。
 何の根拠もないローネへの疑惑。
 差し向けられた衛兵。
 思わずカルナスが声をあげた。
「待ってください。父上と母上以外に誰が衛兵を動かしたのです。」
 自分達には覚えがない。
 王族以外に命令を出した人間がいるということだ。
 俯いて目を伏せたデラリットの代わって、メイティムが呟く。
「…スローン伯だ。…」
 カルナスとファーゼは目を見張った。
 スローン伯爵家はデラリットの実家である。
 現在の当主は代替わりしているが、当時の伯爵はデラリットの父、カルナス達にとっては祖父だ。
 だからといって、衛兵を動かすことができるわけがない。
「状況が悪かったのだな。私はおらず、お前達も部屋から動けず、止める人間がいなかった。」
「動けないって、私は病気も怪我もした覚えは…。」
 ファーゼがメイティムに疑問を投げかけた。
「忘れているのも無理はない。二人とも大したことではなかったから。」
 カルナスは軽い風邪だったが、ファーゼは庭園の木に吊るしたハンモックから降りた時の
腕と足の打ち身。
 国王の留守に大事があってはと周囲の者が気を揉んで、部屋から出さなかったのだ。
 母も兄も臥せっていると聞き、リュオンが自分で庇えたのはマリアーナとエセルだけ。
 戻ってきたメイティムによって、一晩で解放されたとは、すっかりローネは憔悴しきっていた。
「もっと母上を大切に扱ってさえいてくれれば、こんなことにはならなかった!」
 目の前でローネを連れ去られるのを見たリュオンが、見舞いに訪れたメイティムへの最初の言葉。
 おそらく妹と弟の前で泣く事もできずに、我慢して。
「辛かったでしょうに、あの子、私には何も話そうとせず…。」
 スローン家が関わっていることで、リュオンはデラリットに自分から事件のことを打ち明けようと
しなかった。
 表沙汰にすれば王妃の名誉だけでなく、二人の母、デラリットとローネがさらに傷付く。
「デラリットとお前達が預かり知らぬこと故、リュオンは黙っていたのだろう。マリアーナやエセルに
気付かれたくもないことだ。」
「では、マリアーナ達は知らないんですね。」
 カルナスの問いにメイティムは頷いた。
「エセルが耳にすることなく、ラジュアへ婿に行ったのはむしろ幸いかもしれぬ…。」

 両親とリュオンの間にある溝の原因。
 二年と経たないうちにローネは他界する。
 メイティムが病床に臥すようになるのは、前後してのことであった。

 
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