せめてローネが危篤の際、メイティムが看取っていれば状況は変わっていたかもしれない。
大切にしていたというのであれば。
「リュオンが医者になったのは…。」
「仮に医師がいたとしても、助からなかったかもしれない、というのは今ならわかります。でも手を
尽くした上であったなら、納得もいくでしょう。そばにいてさえくれれば安心感がありますし、
一人で逝くこともないでしょう。」
剣では、力では人を守りきれない。
ならば他に役立つことをと、万能ではなくとも、人の生きる手助けをという、モンサール修道院の
教えの元で医学を学んだ。
「あの時、兄上達を頼らなかったわけではありません。言えなかっただけで。」
「だから、どうして!?」
「父上とカルナス兄上が臥せっていて、かわりにファーゼ兄上が、名代として引っ張り出されて
いたでしょう。」
慣れぬ公務でファーゼがてんてこ舞いしている姿に、余裕があるとは思えず、とても声をかけ
られなかったのである。
「でも、母上は…。」
「熱を出して弱気になってるシャルロットから、母上を引き離すことができますか。私自身が病気に
なったとしても誰か来てくれたかわかりませんし…。」
「宮廷はそこまで信用できないか。」
「国王と皇太子に比べたら、第三王子なんて数の内に入るかどうか。国王の子でも、生母が違えば
扱いも変わるんですよ。マリアーナとエセルが気付かないでいてくれれば…。まさか兄上、マリアーナに
知られてないでしょうね?」
ファーゼは黙って頷く。
「ローネ母上の出自だけは隠し通してください。決して明かさないと約束したんです。」
子供達だけには、とローネの母としての切なる願い。
たとえ生母が側室であっても、生まれた子は王子と王女。
きっとリュオンが兄として庇護してくれるだろうと信じて、後事を託した。
「父上が本当にローネ母上を大切に想っていたなら、王宮に住まわせるべきじゃなかったんだ。
デラリット母上も板ばさみになって…。」
同じだけリュオンも辛い思いをしたことは、表情でわかる。
きっと二人の母の間で葛藤もあっただろう。
「私達が早くに向き合っていたら、違ったか?少なくとも父上や母上を嫌って出奔する前に…。」
「兄上。親を嫌う子供はいません。いっそのこと、そうであれば楽だったでしょうね。昔のことは
忘れようとしてたのに、やっぱり修道士には向いてなかったかもしれません。還俗した途端、
この有様では…。」
もう一度リュオンは二つのカップを満たし、ファーゼの前に差し出すと言った。
「私はファーゼ兄上に憧れてましたよ。何でも表に出してたら、状況は変わったかもしれないと。」
誰に対しても臆せず、いつも自分が正しいと思ったように考えを口にし行動する。
はっきりしすぎた性格故に、今では重臣達に煙たがれるくらいだ。
「…私はリュオンが羨ましかった。いつでもカルナス兄上の影のように見られることが多かったからな。」
外見が似通っているため、お互い間違えられてばかり。
年齢が近かっただけに、周囲から二言目には「いずれ良き補佐に」だ。
「カルナス兄上と同一視されても困る。私は図書室で本を読むより、馬で駆け回るほうが好きなんだ。
頭は兄上に任せて、武芸の腕を磨こうとすれば、先に上達するのはお前だった。」
レポーテの不文律ともいえる「一族で文武両道」。
「文」がカルナスなら、「武」と目されていたのはリュオンだった。
将来、軍を束ねる将帥になるだろうと、武術の教官達が口を揃えて言ったものだ。
「結局、私は二番目か、と何度も思ったよ。」
ファーゼは驚いた顔をしているリュオンに苦笑した。
「リュオンだけは、ずっと自分自身を見てもらえてると、兄上も言ってた。」
「カルナス兄上まで!?」
「兄上だって、何をしても世継ぎだから出来て当然とみられたら、たまらないだろう。」
皇太子と他の王子達とでは、周囲からかけられる期待と責任の重さが違う。
弟達と成り代われたならと一度ならず考えたことだろう。