第四話

 少年と入れ違いのようにファーゼは診療所の前に着いた。
 表に粗末な木製ベンチがあるのは、順番を待つ患者のためだろう。
 扉を開けると、鈴の音がする。
 中は一目で見渡せるほどだ。
 白いシーツがかけてある診察台に、机と椅子。薬品棚。奥に衝立。
 立っているのは洗いざらしの白衣を着た医師。
 若先生と呼ばれるのも納得する。
 ファーゼより年下に違いない。
 室内で呆然としたファーゼ同様、一瞬、医師の表情も動いたかに見えたが、すぐに消えた。
「話は聞きました。そちらで足、見せてください。」
 診察台に座り、引きずるようにしていた右足を伸ばすと、
「少し痛いでしょうけど我慢してください。」
 ファーゼに声をかけて足首を引っ張った。
 つい、顔が引きつる。
 様子を見ていたレナックが、
「何と乱暴な。」
 思わず口に出した。
「子供じゃないんですから、これくらいで騎士が騒がないでください。」
 振返りもせずに、医師の言葉が返ってきた。
「かなり捻っているようですから、帰りは馬は止めた方がいいですね。」
 ファーゼが目で合図すると、レナックが軽く頷いて外に出て行った。
 まさか辻馬車で王宮に帰るわけにもいかない。
 騎士隊にでも都合してもらうのだろう。
 いささか荒っぽく感じるが、手際良く治療してくれている。
 きつく包帯を巻き終わった後で、
「応急処置しておきました。ご帰宅されたら、主治医に診てもらってください。一応、処方箋書きますので。」
 診察台を離れ、机に向かい、ペンを走らせる背中に、ファーゼはようやく言葉をかけた。
「…兄の顔を見忘れたか?リュオン。」
 小さくため息をついて、手を止めて、苦笑する。
「覚えておりますよ。兄上。」
 気付かれないままとは、思ってなかった。
 ファーゼにしてみれば、意外なこと、この上ないだろう。
 知らない間に背丈が伸びたとはいえ、昔の面影を残したまま、成長した自分の弟。
 しかし、他の二人が見当たらない。
「どれだけ心配したと思ってる!どうして何も連絡してこなかった。」
「心配?どなたがですか。」
 冷ややかとも感じられる返事。
「本気で言ってるのか…!?」
「先程の方は私の顔をご存知ではないようですね。」
「レナックはお前がいなくなった後、配属されてきたから。」
「別に構いませんよ、私は。覚えてる方が少なくて当たり前です。」
 再度机に向かったリュオンに、ファーゼは立とうとして、足の痛みを思い出す。
「捻挫してるんですから、急に立ってはダメですよ。余計痛めます。」
「帰って来る気ないのか。」
 ファーゼの問いかけに、ようやく顔を向けた。
「ありません。」 
 ファーゼがリュオンの無表情さにたじろぐ。
 この数年の間に何が起きたというのだ。
 否、何が起きて、王宮を出たのか。
 もう一度、狭い室内を見回す。
「お前、一人か。」
「はい。」
「マリアーナとエセルは?一緒だったはずだ。」
「元気だと思います」
 ファーゼの顔色が変わる。
 はぐらかされているのか、本当にリュオンが知らないのか。