リュオンもまた、離れ離れになった弟妹達がディザの都に戻っていない事を知る。
(そうか…。帰ってきてないのか…。)
 当時は幼かったとはいえ、そろそろ道理がわかりはじめる年頃になる。
 尚、王宮に連絡がないのなら、自分達の意思にもよる。
 ならば決して言うまい。
 ファーゼは無言の間にリュオンが居所を教える気がないことを悟らざるを得なかった。
 この場にいないのだけは確かだ。
 黙り込んだ後、リュオンは机の上の用紙を折りたたんで、ファーゼに渡した。
「はい。処方箋と請求書です。」
 ファーゼは怪訝な顔をして受け取った
「診療所の医師は報酬を取らないと聞いていたが。」
「生活に困っている人からは、です。支払い能力のある方にはいただきます。別に気が向いたらで、結構ですけど。」
 リュオンの言葉に、貴族嫌いの噂を思い出した。
(王子が貴族を嫌って、逃げ出した?)
 宮廷内部は綺麗事だけではすまない。
 ファーゼ自身も理解できる。
 だが、五年前のリュオンは、まだ少年。
 一人で家出したのならともかく、マリアーナとエセルを伴う必要があったのか。
 何か言いかけた時、馬車が止まる音がした。
「お迎えが来たようですよ。」
 リュオンが扉に向かい、取っ手に手をかける。
(今日は帰るしかない…か。)
 レナックが心配そうな顔をして、診療所に戻ってきた。
「痛みますか。」 
 余程深刻な顔をしていたのだろう。
 馬車に乗り込むと、
「どこかで転んだ事にしてくれ。仮にも騎士が落馬しそうになって、捻挫したなんて情けないからな。」
「しかし…。」
「そのかわり頼みがある。先刻の医者、少し調べてくれ。いつ、どこから来たのかくらいでいい。」

 リュオンは誰もいなくなった後、椅子に座り、呟いた。
「もう少し、ばれないと思ったのに。」
 まさかファーゼが町中まで遠乗りするとは考えもしなかった。
 少なくとも王子が診療所に治療に来る事など予想するはずもない。
 しかし、ファーゼの口に出した言葉が引っかかる。
 −診療所の医師は報酬を取らないと聞いた
 リュオンと気付かないまでも、どこからか耳に入っていたのか。
(わざわざ確かめに来た?)
 宮廷医師だけでなく町医者まで探そうとする理由を、リュオンが察するのだった。 
 
 怪我をして王宮に帰ってきたファーゼを見て、カルナスは驚いた。
「お前が捻挫!?」
「少し捻っただけです。」
 大丈夫だというのを念のため、医師の診察を受けたが、
「見事な処置です。これ以上の手当ての必要はありません。」
 ファーゼはもらってきた処方箋を見せた。
「なるほど。よかったですね、殿下。じきに痛みも腫れもひきます。なるべく動かないようにしてください。」
 応急処置と本人は言っていたが、きちんとした治療だったらしい。
 だが、簡単には医者にはなれない。
 知識と技術をどこで身につけたのだろう。
 ファーゼが当然感じた疑問は、何日も経たない内に、レナックからもたらされる。