第五話

 
王宮から何も沙汰がないことで、リュオンはいつも通りの日々を送っていた。
 公に出来ないため、すぐに動けないだろう。
 しばらくたった日の夜。
 一息つこうとした途端、裏口の戸を叩く音がする。
「はい。どうぞ。」
 脱いだばかりの白衣を片手に慌てて扉を開くと、ファーゼが目の前に立っている。
 何ともいえない顔をしたリュオンに
「治ったから先日の診療代、払いにきた。」
「わざわざ来られなくても、誰かに届けさせてくれれば…。」
「入ってもいいか。」
 戸口で追い返されては、人目に付かない時間を選んできた甲斐がない。
「領収書、書きますから座って待っていてください。もっとも、おもてなしはできませんよ。」
 リュオンは椅子に白衣をかけると、ファーゼを残して衝立の奥に行った。
 台所の粗末な木のテーブルと椅子の後方の衝立が診察室との境目だ。
 家に仕切りがなく、すぐ左に掛かっているカーテンの隙間から本棚が見える。
「ここで生活してるのか。」
「ええ。」
 戻ってきたリュオンはお湯を沸かして、お茶を淹れてくれたのだが、飲んだ途端ファーゼはカップを取り落としそうになる。
「何だ、これ!?」
「薬湯です。疲れに効きます。大体、ここに高級なお茶があるように見えますか。」
 言われなくても質素な事、この上ないのはわかる。
 王宮の部屋の方が、絶対広い。
「お前、一人なんだな。マリアーナとエセルはどこにいる。元気か。」
「さあ。」
「リュオン!」
「会ってません。もうずっと。」
 都に来る際、立ち寄ろうかとも思ったがやめてしまった。
 もしかしたら、王宮に戻ったのかもしれないと。
 嘘ではないと感じたファーゼは違う質問をした。
「モンサールで学んだそうだな。」
 首からかけた十字架が目に映る。
 修道士だったという話が頭をよぎった。
 モンサールの名前を聞いて、リュオンの顔色が変わる。
「院長様は何もご存知ありません。ただお世話になっただけです。それに王室でも手が出せる場所ではないでしょう。第一、エセルはいません。」
 その一言でリュオンと別行動だったのを、ファーゼも気付く。
「何故、黙って出て行った?あの当時何があったんだ。」
「別に兄上のせいではありません。でも帰る気もありません。」
「せめて顔くらい王宮に見せてくれないか。父上も少しは元気に…。」
 遮るようにリュオンが言った。
「会いたくありません。」
 瞬間、悟る。
 原因は父メイティムかもしれない。
 しかし、という疑問。
「もうお帰りにならないと遅くなります。確かに診療代はいただきました。どうもありがとうございました。」
 半分追い出すような格好でファーゼを帰した後、椅子に座り直すと十字架を手に取る。
「父の見舞いに行きたくないのでは、やはり修道士には向いてなかったかもしれません。」
 ファーゼが諦めたとも思えない。
 何度も足を運ばれる事を想像し、ため息をつくのだった。