第六話
王宮から帰ったその足で、リュオンは療養所へと向かった、
往診で不在がちになることを告げておかなくてはならない。
手術後は当分、帰れなくなるだろう。
診療所に戻ると、本棚から参考になりそうな医学書や資料を机の上に山積みにする。
本を広げながら、別人のようにやつれたメイティムの顔が頭をよぎる。
まさか、自分自身が医師として王宮に往診する事になるとは。
あれだけ宮廷医師達がいてさえ、病状は快復どころか悪化し続けたということになる。
しかし、病がちというだけで重病だとは、少なくとも町の人々の間では噂になっていない。
(重臣達は見かけなかったな。)
できることなら、顔を会わせたくないのが本音だ。
兄達はまだいい。
だが、母と妹に対してどのように接すれば良いのだろう。
同じ事をメイティムもベッドの上で考えた。
心配するカルナスとファーゼを退がらせ、入れ違いのようにデラリットがやってくる。
「いかがでしたか。新しいお医者様は?」
ベッドの横の椅子に腰掛け、静かに話かけた。
メイティムの手術という単語を聞いて、デラリットの白い顔は不安を隠せず益々青ざめる。
「新しいお医者様がそのようなことを…。」
「若いが信頼できる。」
メイティムは一旦、言葉を区切った。
「リュオンだったよ。」
耳に響いた名前にデラリットは、驚愕のあまりメイティムにすがりつく。
「本当ですの!?リュオンは、あの子はどこにいますの!?」
うっすらと涙を浮べて、必死な表情で訴える。
無理もない。デラリットが自分で生んだ子だ。
「すっかり白衣が似合う医者になっていた。もう、大人だな。町の診療所にいるそうだ。」
「都にいるのですね。誰か迎えに…。」
席を立とうとするデラリットをメイティムが手で制し、黙って首を横に振る。
「マリアーナとエセルも一緒にいるのでしょう!?」
「二人はどこかに預けたらしい。都にいるのかどうかさえわからぬ。」
「そんな…。」
思わずデラリットが泣き崩れる。
子を成した国王の側室として権勢を振るうわけでもなく世を去ったローネの子供達。
幼くして母を亡くしたマリアーナとエセルを不憫に思いこそすれ、疎ましいとは思えなかった。
二人とも遠慮もあるのか、とてもおとなしく、メイティムやデラリットより、ローネの存命中から仲の良かったリュオンに打ち解けていたものだ。
同母の兄弟より異母兄弟と近い存在だったリュオンは、自然ローネの子と混同されてくる。
リュオン本人は否定も肯定もしなかったが、胸を痛めたのはデラリットだっただろう。
「母として辛かろうが、しばらく今のままにしておいてやりなさい。これからは会う機会も増える。無理に連れてきて、また逃げ出されるよりは良い。」
「あなたがご病気でも?」
「往診にきてくれたではないか。私が元気であれば、王宮なぞ見たくもないだろう。」
デラリットは俯いたまま、何も言えない。
診察の後、リュオンに姿を現してもらえなかったことが、留まる気のない証拠だ。
メイティムは用意しておいた文書に、デラリットの署名を求めた。
「万一のことが起きても医師の罪は問わぬと約束した。リュオンは手術を勧めた自分が責任を負うと言っていたが、誰のせいにもしてはならぬ。」
もし故意の過失でなく不成功に終わり、医師が処分を受けるようになれば、この先宮廷医師達は恐々として満足な治療どころではなくなってしまう。
執刀医がリュオンでは日頃不仲であったと目されて、父王殺しの冤罪になりかねない。
まして無断で出奔し、王族の身分を捨てたも同然の現在では疑われもするだろう。
メイティムの容態の悪化と手術に関しては、家族と医師達の間で極秘で勧められることになった。