リュオンは一日おき程度にメイティムの往診にくるようになり、大抵レナックが送り迎えをしてくれる。
王宮の門番に見咎められては中に入れない。
「殿下」では露骨に嫌そうな顔をするので、医師もレナックも「先生」と呼んでいる。
第一、リュオンは地方で暮らしていることになっているので、人に知られたくない事情もある。
二度目に王宮に上がった時、メイティムの部屋に入室する寸前、
「リュオン…!」
デラリットの声だ。
駆け寄ってくるのを見て、慌てて扉を閉める。
追いかけようとするのを、カルナスが引き止めた。
「母上。」
「どうして!?やっと会えたのに…。」
「せめて診察が終るまで待ってください。」
ずっと扉の前に立っていたそうなデラリットをなだめつつ、カルナスはその場から別室へと向かった。
動揺の色を隠せず飛び込んできたリュオンに、メイティムもデラリットを顔を会わせたことを察する。
診察中は必要なこと以外話さないので、
「ではお大事に。
陛下。」
そう挨拶されてから、口を開いた。
「私は良い。だがデラリットとシャルロットには優しくしてくれぬか。昔のように。」
「…わかってます…。」
まだシャルロットとは会う気配がないが、さぞ綺麗になっただろう。
おとなしいマリアーナとは対象的に、少しわがままで甘えっ子な妹。
カルナスとファーゼと違い、多分、何も気付いていないはず。
鞄を手にとって、廊下に出ると当然のようにカルナスが待ち受けていた。
「一言くらい母上に挨拶して帰れ。」
ためらっている間に腕を取られて、隣室に連れて行かれた。
リュオンだけ放り込まれた、と言った方が正しいかもしれない。
扉が閉まった後には、デラリットとリュオンの二人だけ残された。
「リュオン。本当に大きくなって…。」
抱きついてきたデラリットを振りほどくことはできなかった。
今ではリュオンの方が背が高くなり、面やつれしたデラリットを見下ろすようになっている。
「母上…。」
何と言って良いかわからず、言葉に詰まる。
ご無沙汰しておりますとも、お元気でしたかとも言い辛い。
「ディザの都にいながら、何故戻ってきてくれないのですか。」
涙に濡れた母の瞳に、リュオンはたじろぎ、
「申し訳ありません。」
それだけ言うと、やっと手を離し、その場を退こうとし、扉の前で振返ると、
「また参ります。」
軽く一礼するのが精一杯だった。
「貴方の家はここなのですよ。」
背中に届く声に耳を痛めながら。
二度と帰らないと王宮を出たものの、年月を経て家族と顔を会わせれば、やはり思いは複雑だ。
往診の度、何か言いたそうなデラリットの視線にぶつかると、つい顔をそらせたくなる。
「さすがに母上となると態度が違うか。」
診察を終えたリュオンにファーゼが声をかけてきた。
患者であるメイティムに対してさえ、そっけない感じのリュオンの表情がデラリットの前では揺れるのがわかる。
「泣かれるのは苦手です。」
「あれでも随分我慢されてるんだ。母上は。」
ファーゼにしてみれば、心労で倒れないのが不思議な程だ。
時折、メイティムの傍らで泣いている姿が目に付く。
「母上はご自分のせいでお前達がいなくなったと思っておられる。」
「違います…!」
「たとえそうだとしても、だ。黙って出奔した気持ちに気付いてやれなかったことを悔やんでおられる。父上も母上も、私達も。」
真っ直ぐにファーゼはリュオンを見据えた。
五年前に弟と向き合える余裕があったなら、状況が変わっていたかもしれない。