余計な詮索は無用とレナックもファーゼから言われているが、見た限り兄弟仲が悪かったようでもなさそうだ。
「まさかリュオンが騎士をやめるとはな。」
 ファーゼの漏らした言葉が気にかかっても、出会った時の印象からか、どうしても医師にしか見えない。
 先日の調査でも診療所の評判は良いのだ。
 何より王宮育ちで、現在のあばら家に似た診療所で生活できることに感心する。
 宮廷医師達との打ち合わせも真面目で、リュオンの身分を知っている者が気を遣っても、当人はあくまで医師の姿勢をくずさない。
 必要な物を揃えてもらいながら、体調に合わせて手術の日程を決めていく。
 リュオンは再度療養所に出向き、しばらく休診の旨を話した。
「あなたも大変ですね。」
 人手が足りない時は療養所や他の病院の手助けを引き受けたりしている。
 もっとも診療所には入院や手術の設備がないので、リュオンが患者を頼みにくることもあった。
 往診が必要な家を回り、自分が不在時には療養所へ一言添える。
 王宮での手術の用意が整ったのを確認して、当日を迎えた。
 診療所に張り紙をし、朝から出かける。
 待ち構えていた宮廷医師団と共に、最後の説明をする。
 メイティムを疲れさせないために家族の見舞いの時間も短かった。
 シャルロットがリュオンを見つけたのは、医師達が入室する直前である。
「お兄様…!?」
 思わず近寄りかけたシャルロットをデラリットが慌てておさえた。
 目の前で扉が閉まる。
 手術開始の時刻であった。

 別室で全員が集う。
 重臣も今日は奥には立ち入れない。
「どうしてリュオンお兄様がお医者様に!?いつから帰ってらしたの?」
 誰も答えられない。 
「今は父上のことだけを考えなさい。」
 カルナスが妹を諭した。
 待っているだけ時間の長さは重苦しい。
 窓から差し込む眩しい光が、目に痛かった。
 母と兄の深刻な表情でシャルロットは想像以上に難しい手術だということを理解した。
 せめてシャルロットには不安を抱かせたくないと、簡単な概要しか教えておらず、、ましてリュオンのことは伏せたままだ。
 ただ無事に終る事を祈るしかできなかった。
 
 手術室と化した部屋の内部の覆う緊迫感。
 薬品臭とお湯の蒸気、数多の蝋燭。
 麻酔をかけられたメイティムでなくとも気が遠くなりそうだ。
 執刀経験がないわけでなく、国王の体内にメスを入れること自体で震えそうな医師もいる。
 リュオンとて冷静に見えるだけだ。
 人の生命を預かる以上、動揺しないわけがない。
 それはいつも同じだ。
 生命とは、もろく儚く、尊い。
 医学を専攻して学んだ言葉。
 相手が誰であれ、委ねられたものの大きさは決して変わる事がないのだった。


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