明け方近く、窓に掛かったカーテンの隙間からほのかに白い光が細く差し込んでいる。
微かにメイティムの瞼が動く。
側の椅子に座っていたリュオンが、思わず立ち上がる。
両目がうっすらと開いた。
「私がわかりますか?」
リュオンが問いかけると、頷いたかのようだ。
同じく部屋にいたもう一人の医師と顔を見合すと、隣室に控えている医師達にも声をかけ、
「王妃様か皇太子殿下を。陛下が気付かれました。」
連絡が入ると、デラリットとカルナスはすぐやってきた。
完全に麻酔が切れたわけではないらしく、また眠りにつき、はっきりと目が覚めたのは、昼近くになってのことである。
「しばらくは様子を見ましょう。」
話が出来る状態ではないものの、人の判別も出来、意識もあることから、とりあえず一安心だが、油断はできないとリュオンは言った。
他の医師達が代わる代わる席を交換しても、リュオンは後でというばかりなので、暗くなった頃見かねたルーデンが何か起きれば呼ぶからと、ようやく引き離す。
「そろそろお休みになられないと殿下がもちません。これから先は長いのです。」
廊下に出たリュオンをファーゼが見つけ、一応言ってみた。
「昔の部屋、使えるぞ。」
「結構です。」
思った通りの返答に苦笑しつつ、床で寝ると言い出す前に別室へ案内する。
当分、泊り込みになるだろうと、医師団の部屋がそれぞれ用意してあった。
色々と話したいこともあったが疲れてるだろうとファーゼが退室した後で、リュオンは置いてあるソファーにもたれかかる。
一人になって、気が抜けた。
外科は専門とはいえ、元々成功率が高くなかっただけに、緊張感も並でなかったのだ。
つい首にかけた十字架を握り締めるリュオンだった。
時間を置いてメイティムを見舞った帰り、カルナスとファーゼがリュオンの部屋をノックする。
返事がないので、入れ違ったかと思いながらも扉を開けると、
「おやおや。」
二人して呟く。
机の上に突っ伏して転寝している弟の姿が目に入る。
手術記録か報告書を書いていたらしく、書類が何枚か下敷きになってしまっていた。
「ベッドで眠れば良いものを…。」
動かして起こしてもいけないと、カルナスが仕方なく毛布を上からかける。
さすがに顔が少々青かった。
「お疲れ様。リュオン。」
指から離れたペンとインクの瓶を手の届かない場所に置き直して、そっと立去る。
もしや、毎回こうなのだろうか。
ファーゼは診療所の佇まいをふと思い出した。
ろくに生活空間のなさそうな場所で、こんな風に夜を明かすことがあってもおかしくない。
「医者の不養生にならなければ良いが。」
「そんなにひどかったのか。」
「兄上が見ても驚くよ。」
王族として暮らしている以上、たとえ贅沢に興味がないといっても貴族の感覚から言うのであって、一般の水準を大きく上回る。
いきなり生活を変えるなどできるものではない。
質素と厳格を旨とする修道院の生活がどのようなものか量りかねるが、リュオンが現在の環境に耐えられるのは、まさしく下積みがあってのことだ。
決して医術だけ身に付けてきたわけでないのを納得するのに充分なのだった。