すっかり静まり返った時刻、ふと目を覚ましたリュオンはうっかり眠り込んだ自分に気が付き、手探りで白衣をわしづかみにしつつ、慌ててメイティムの部屋にやってきた。
「陛下はお寝みになっておられますよ。」
 二人の医師が枕元におり、先程別の医師と交替したばかりだという。
「朝になったら、またお願いします。」
 何ら変わった様子もなさそうなのを確認して、リュオンは再度追い返されるように部屋に戻る。
 室内を蝋燭で照らすとと、跳ね除けた毛布が椅子にかかっていた。
 リュオンは自分で覚えがない。
(誰がかけてくれたんだ?)
 人の気配にまるで気付かなかった。
 報告書をひとまとめに揃えると、袖を通した白衣をハンガー掛ける。
 ソファーでも充分眠れそうだが、疲れもあってベッドにもぐり込むことになった。
 肌触りの良いやわらかな感触が伝わってくる。
 羽根布団にくるまるのは、何年ぶりのことか。
 高い天井の装飾が目に入る。
 昔は見慣れた光景だったはずなのに、今は落ち着かない。
 物質的に自分がどれほど恵まれた環境にいたか、リュオンは王宮を出て思い知らされた。
 王子とは想像以上に特別な生まれなのだという事を。
 リュオンの診療所に訪れる多くの人々の暮らしは安穏ではない。
 毎日働きづめで食べていくのがやっとなのだ。
 つい町の様子を頭に描くほど、リュオンは現在の生活に馴染んでいるのだった。

 医師団全員が二、三人ずつ交替でメイティムの付き添いをしているが、もちろんデラリット達も見舞いや看護にやってくる。
 家族の場合はともかく、大臣など重臣が容態を見聞きしに来ると、リュオンは必ず席を外す。
 いかにリュオンが成人前でろくに姿を見せたことがなかったといっても、さすがに覚えている者も無断で出奔したことを知っている者もいるだろう。
 尋問よろしく、あれこれ詮索されるのは遠慮したい。
 個人の事情で罷り通らないのが宮廷である。
 中には新しく医師が加わったことに関して興味を持つ人間もいたが、ルーデンの
「ナティヴ院長の元で学んだ方です。」
 という一言で納得した様子だった。
 モンサール修道院の名声は充分通用するのだ。
 医師団にもかつて門を叩き時を過ごした者もいたし、リュオンが王子だということが半信半疑だったとしても、若さに似合わぬ的確な判断と処置に腕を認めないわけにはいかず、医師として信用するに値する。
 メイティムは安静の状態だから、とりたてて何も言わないが、かわりにカルナスとファーゼが休憩中のリュオンに会いにきた。
 皇太子として国王代理のカルナスより時間があるのか、ファーゼは割りと頻繁に顔を出す。
「医者はともかく、修道士になるほど信心深かったか?」
 随分と不躾な物言いだ。
「修道院や教会で不信心だと異端者になるでしょう。」
「そうではなくて…。あまり神や人に頼る性格じゃなかっただろう。」
「行き着いた先がモンサールだった時、天啓かと思いましたから。」
「天啓か。」
「ええ。院長様にお会いして、神の導きを信じる気になりました。」
 真面目な顔で答えるリュオンは確かに変わったように思えた。
 天啓だの神の導きだのと言うところは、さすがに修道士の名残である。
 ファーゼが、意外だ、などと口に出したら怒るかもしれない。
「あまり張り詰めすぎないようにな。椅子やソファーで寝こんでると、風邪引くぞ。」
 退室間際、リュオンに言い残す。
「じゃあ、この間の…。」
 返答しないまま、ファーゼは廊下に出た。
(まったく上と下はどうしてこう頭が固いんだ。)
 少しは肩の力を抜くということを知らないかのようだ。
 妙に生真面目で考え深いところはそっくりなのを、きっと本人達は気が付かないに違いなかった。


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