外を歩き始めてから、
「お久しぶりです。兄上。」
 少年は明るい笑顔を向けた。
「大きくなったな。エセル。」
 リュオンも、表情がほころぶ。
 思いがけない弟との再会。
 かつて預けた郊外の修道院で過ごしてきたようである。
 驚いたのはエセルも同様らしい。
「まさか医者になっていたなんて。モンサール修道院の出身と伺いました。」
「ああ。この通り破門同然に還俗させられたけど。」
「冗談でしょう。院長様直々のご推薦だったそうではありませんか。」
 療養所でリュオンについて聞いたのだろう。
 少し間を置いてから呟くように言った。
「あの時は置いて行かれたのかと、心細かったです。」
 途端にリュオンの顔も曇る。
 まだ幼かったエセルならば、置き去りにされたと思って当然だ。
「でも今は何となくわかります。」
 エセルも王宮を出て、子供なりに感じ取るものがあった。
 修道院側でも預けていったリュオンの様子から事情があると察し、エセルが家に帰りたいと言い出さなかったため、詳しく素性を問い質しもせず受け入れてくれている。
 ただ幼い年齢を心配して、修道服は着ていても、まだ見習いであった。
「もっと外の世界を見た方が良いと言われました。」
「やっぱり世間知らずだと思われたんだな。」
 屈託のない瞳。昔と変わらぬ純粋さを持ったまま成長しているエセル。
 真っ直ぐに何にも染まらぬままに。
 
 リュオンは診療所の戸にかけた「往診中」の木札を取りはずた。
「鞄の絵が描いてあるんですね。」
「他にもあるよ。」
 中に入って机の上の箱に木札を入れた時、「外出中」の靴の絵が見えた。他にも何種類かある。
 字が読めなくてもわかるようにとのリュオンの配慮だ。
「自分で作ったんですか。」
「絵は描いてもらったんだ。」
 以前、診療代が払えない分、何か手伝うと言ってきた少年が絵が得意だと知って頼んだのだ。
 衝立の奥へリュオンが呼んだ時、エセルは改めて室内を見回す。
 本当に必要最低限の物しかない。
「家空けてたから、何もないな。買い物にでも行くか。ついでに近くも案内するよ。」
 誰か来るかもしれないと短時間で店を回って帰ってくると、簡単に二人分の食事を作る。
 手慣れた様子にエセルも驚く。
「いつもご自分で?」
「大体。」
 修道院で質素に暮らしているエセルでさえ驚くほどだ。
 向かい合わせに座ると、お互い離れる前のことを頭に思い浮かべてしまう。
「兄上が騎士をやめられるなんて…。」
 正直、エセルには不思議な感じがする。
 馬に乗って颯爽と駆けるリュオンは小さかったエセルの目に眩しく映った。
 −大きくなったら剣を教えてもらおう。
 そんな憧憬の対象であり、剣の修行の旅をしているのではないかとさえ、思っていたのに。
 何故医者にという質問は出来なかった。
 立て続けの患者の来訪のため話をする時間など、ろくになかったのである。