常になく慌ただしい様子でメイティムの部屋に一歩踏み入れた瞬間、
「まあ、本当に二人とも…。」
 デラリットは涙ぐんだ。
 マリアーナとエセルは、とまどいつつ頭を下げた。
 近寄って優しく抱き寄せる。
「このような姿に…。なんということでしょう。」
 世俗を離れた者として会うことになるとは。
 ふと見回すと、リュオンがいない。
 医師達との打ち合わせで席を外してしまっている。
 カルナスに言わせれば、この場から「逃げた」のだろう。
 二人の服装からして、預けた先は教会か修道院。
 リュオン自身がモンサール修道院で学んだことを思えば不思議ではない。
 王宮の目の届かない場所としては容易に考えられる。
 決して強要されたわけではなく、自分の意思でとマリアーナとエセルは何度も繰り返した。
 ようやくリュオンは戻ってきたのだが、声がかけづらい。
 気付いたカルナスが側へ来て話しかける。
「良く連れ帰ってきてくれた。」
「…本人達が望んだからです。帰ってきたかどうかは存じません。」
 部屋の入り口で立ち止まっているリュオンを見て、マリアーナは椅子から立ち上がる。
「今日はもうお暇いたします。」
 エセルも共に席を離れる。
「行ってしまうの?」
 デラリットの名残惜しそうな瞳を前に、
「また参ります。」
とだけ答える。
 でなければ腕をほどいてはもらえなさそうなので。
「絶対ですね。待っていますよ。」
 足早に扉の陰へ消えた途端、デラリットは泣き崩れた。
「三人とも私がいたらなかったばかりに…。もっと気を配ってさえいれば、こんな事には…。」
「デラリットのせいではない。責められるべきは私だ。」
 リュオンが現れた時に見せたマリアーナとエセルの安堵の表情。
 明らかに自分に向けられた眼差しとは異なる。
 お互いに離れていた年月は同じ。
 だが、誰よりも気を許している相手は父でも母でもなく、兄のリュオンなのだ。
 信頼していたからこそ、何のためらいもなく付いて行き、別々になった後も王宮へ戻ろうとしなかった。
 おそらくはリュオンの迎えを待ち続けて。
 ディザの都にあって、王宮に留まる素振りさえなかった。
 それでも父と呼んでくれたことが、メイティムには嬉しい。
 いまだにリュオンは「陛下」だ。
 カルナスやファーゼに対しては、人前でない限り、多少は打ち解けた会話もしているらしいが、リュオンには還俗しても「王子」に戻る気がない。
 却って貴族であることを町の人々に悟られたくないのがわかる。
 医師にしては若すぎるリュオンの年齢で、モンサール修道院の出身といえば、かなり幼い頃から学業を修めてきたと思われもするだろう。
 王宮にいた頃も、勉学に手を抜こうとしなかったが、剣や馬により身をいれていた記憶がある。
 メイティムもおぼろげに考えていたものだ。
 カルナスとファーゼには政務を、リュオンには軍務の補佐をと。
 いずれ兄弟で国の礎になってくれれば良いと願っていた。
 四人の王子の内、上の二人は代理として充分すぎるほど、務めてくれている。
 だが下の二人は、義務と責任と一緒に王族としての特権さえ放棄した。
 手放しても惜しくはないと感じたものの中に、「家族」も含まれていたのだろうか。
 メイティムには直接問う気にはなれなかった。
 本人に肯定されてしまうことを、何よりも恐れたのである。