「半分か、それ以上」
ぱちり、と古泉が盤に駒を置く。こいつは形を重視する奴だ。当然、所作も格好がついている。すっと引かれる指先を目で追って、嫌味なくらい綺麗だよなと思う。開け放しの窓からカーテンを揺らす風はぬるいばかりで、普段より緩めたネクタイも鬱陶しい空気の中、そこだけ涼しげに見えるぐらいだ。
この細く整った指先が。俺の唇をなぞって開かせたり、見えないところに入り込んだり……いかん。よくないな暑いのは。ぼんやりして、今ここで思い出すべきではない光景というか感触まで浮かび上がってきちまう。
「あの、」
古泉の声に視線を上げた。
「悪いな、俺の番だった」
「いえ、それはいいのですが、その……」
古泉は言いにくそうに言葉を切る。
「何だ」
言いたいことがあるんなら言ったらどうだ。俺たちしかいないんだ。
「確かに今、ここには僕たち二人きりですが」
「そうだ。待機を命じられたからな」
俺の表情を確かめるように、古泉はわずかに首を傾けて視線を動かした。
「ご自分では、普段と何ら変わりのない様子でいるおつもりでしょうが、微妙な、と言いますか、」
「微妙な顔で悪かったな」
お前と比べればたいていの奴は三枚目以下になるだろうよ。
言うと古泉は、そうではありません、と眉を下げる。
「僕にとっては、たいへん動揺を誘われてしまう顔になっていますよ、と言いたかったんです」
……ああ暑い。本当に暑いぜいつまで待たされるんだいい加減飽きてきたな。
古泉は困り顔に嬉しさを数滴混ぜたみたいな表情で、こちらを見つめたまま黙っている。
俺の言葉を待ってるっていうのかよ。ええい、暑苦しい。
「言わせてもらうが、半分かそれ以上はお前のせいだからな」
すみません、と古泉は、その数滴をすみずみまで行き渡らせたような顔で笑った。本当に暑苦しい。
……のは、認めたくはないが俺にも原因があるわけだ。半分か、それ以上。
(2007/08/09)
キョンが淡白そうに見えるのは、たぶん自覚が薄いから。