「どちらにしましょうか」

「顔、見せてください」
 隙間なく合わせた体の下で、
「……ことわ、る」
 切ない息が漏れるのを懸命にこらえている様子に、
「では、いい声、聞かせてください」
 ひどくそそられる。
「それ、も、ことわるっ」
 顔の上で緩く交差させた腕の隙間から、
「つれないですね」
 にらみ上げてくる視線もたまらない。
「つれ、て…たまるか」
 こんな時ぐらいでないと出来ない意地悪をしてみようと思って、
「この状況では説得力に欠けると思いますが」
 遊びのような言葉を重ねる。
「っ、うるさいっ、と…うか、では、って…なんだ、では、って…」
 言い返した拍子に浮いた両腕を、
「ですから、あなたが顔を見せてくれないなら、」
 頭の上でまとめ上げてしまえば、
「ことわる、と…いった…ぞっ」
 思うように力の入らない腕に、
「せめて声だけでも、と思ったのですが、いけませんか?」
 不機嫌そうな彼の眉が、いっそうひそめられる。
「……あの、な…だせと、いわれてっ…、ほいほいと…だせるか、こえなんて…」 
「それ程難しいことではないと思いますよ」
 今こうして喋っているのだから、
「え、ぶいっ…じょゆう、じゃ、ある…まいし」
 それを吐息に変えてしまえばいい。
「お言葉ですが、今のあなたはそのような女優たちより、よほど艶っぽい」
 言葉を失うのかと思えば、
「……おまえ、みるのか…そういう、の…」
 思いもよらない方向からの問いが返った。
「そういうの、とは」
 もしかして、
「そう、いうの、だっ」
 と、気づきながらも、
「ご想像におまかせします」
 言えば、一瞬、きょとんとして、
「……」
 す、と視線が外された。
「今、傷ついたような顔をしましたね」
 本当にこの人は。
「しらんっ」
 そう言って、顔も横に向けてしまう。
「うぬぼれてもいいですか?」
 赤みの差していた耳があらわになって、
「それも、しらんっ…」
 みるみる色を濃くしていくのが、薄暗い視界にも鮮やかに映える。
「では、この嬉しさに溺れてしまっても?」
 許しを請わなくとも、
「…っん…、あっ!」

 どちらも余さず手に入れてしまいたくなるぐらいに。

(2007/09/14)
古泉のいい顔(!)が見たかったはずのに、まったく目的が果たせなかったキョン。