「その名前」
軽く見開いた目を閉じる余裕もなく、嵐に耐えなければならなかった。どっ、と鼓動が跳ね上がり、頭の後ろに生まれた痺れるような感覚は、背中を通って全身に広がっていく。
他の四人に続いて部屋から出ようとした途端、涼宮さんの声が上がったのに何事かと気を取られ、前にいた彼にぶつかりそうになった。すみません、と言いかけた声は彼の呆れたような声と重なり、と、目の前の少し低い位置にあった彼の後頭部が向きを変えた。突然の至近距離に息を飲むと、すう、と彼の目が細められた。どうかしましたか、の言葉は一つの音も成さずに、彼から合わせられた唇に消えた。
廊下を駆け出す足音が遠くなりかけた耳に聞こえ、はっとしたのと同時に、肩を掴まれドアの内側に体ごと押し込まれた。深くなった口づけに、苦しさから喘いだ呼吸も飲み込まれてしまった。押さえ付けられた肩が触れる壁の無機質な硬さと彼の強い力の対照だけが、現実感となって意識を繋ぎ止めていた。
ぐらり、と彼の体の重心が崩れて、とっさに肩を掴む腕を取ると、その腕はすがるように力を込め直してきた。もっとしっかりと支えなければ、と思ったが、それ以上どこかに注意を配分してしまうと、自分の体すら支えられなくなりそうだった。
体中を駆け巡った痺れが収束するように、両手の指先が、ぎゅうと痛む。
温度を持って胸の底に横たわる感情とそれが向かう先に、名前が付いた瞬間だった。
(2007/10/26)
「理由と衝動」の古泉視点です。