「『それでも愛せるか』バトン?」

『それでも愛せるかバトン』? なんだこれは。指定が古泉…このカッコの中に古泉を当てはめりゃいいのか。愛せるか、とかいうのが気にならんでもないが、まあ暇つぶしにやってみるか。
まず、「箸がうまく使えない」。俺が見る限りじゃ、問題ないと思うぞ。あれで案外、昔は下手くそで、練習してたりしてな。次は「蝶々結びがどんなに頑張ってもたて結びになる」? それぐらい出来るだろ。俺でも出来るからな。あいつのことだ、もし苦手でも、格好がつくまで練習するんじゃないか? ええと、「スキップできない」古泉。普通やらないだろう、高校生にもなって。いや待てよ、スキップというか小躍りというか、思わずそんなものをやっちまうぐらい、何か嬉しいことでもあったんなら、俺も一緒に喜んでやってもいいか。めずらしいだろう、あいつにそういうの。…スキップはしないけどな。それから「横断歩道の白い部分だけを踏んで渡る」。あー、妹がよくやってるな。途中で勢いあまって歩幅が合わなくなるんだよな、あれ。古泉だったらそのへんは最後まで合わせてくるだろう。誰も見ていないところでこんなことをやってたら、ちょっと微笑ましい……いや、何でもない。「人見知り」する古泉か。とりあえず、本心はどうであれ、必要ならどんな奴とでも上手くやれるんじゃないか。だが、ここだけの話、あいつああ見えて、人との距離をはかるのが苦手なんじゃないか思うことがある。顔が近いとか、そういうんじゃなくてだな、あー……、いや、やめておこう。俺が古泉を語ってどうする。次は何だ? 「炭酸でむせる」古泉? そういやあいつが炭酸飲んでるの見たことないな。紅茶かコーヒーばっかだし、冷蔵庫には水しか入ってないって言ってたし、ひょっとして、炭酸が苦手なのか。まあ、不得手の一つや二つぐらいあった方が人間味があって、逆に好印象だと思うぞ。あいつみたいな面の奴はとくに。次、「毎日自動改札機に引っ掛かる」。そういやこないだ、やってたな。ちょっと考え事をしてて、なんて言ってたが、笑われるどころか、ハルヒたちに真顔で心配されてたもんな。日頃のキャラクターの賜物ってやつか。ごくまれになら、あり、と。ん、何だ? 「猫を『にゃんにゃん』犬を」……小さい子供を相手にする時に呼ぶってことなら、ありだと思うが、それ以外はパスだ。で、「回転ドアに入るタイミングをつかめない」古泉か。ちょっと笑えるぜ。いいんじゃないか。今度は入って出てこれなくなったら、助けてやってもいい。笑わせてくれた礼にな。次で最後か。「何を思ったか自主制作に入る」古泉。あいつ、エスパー少年の自伝みたいなものを書きたいって言ってたよな。あいつがその執筆に取りかかれるってことは、ハルヒのとんでもパワーを含めて、あいつを取り巻くいろんなしがらみが片付いてるってことなんだよな。なら、お疲れ会でもして労ってやるか。


「何を熱心に読んでるんです?」

 突然、声を掛けられて、肩が跳ねた。
「驚かせるな、古泉」
 一拍置いてから振り返ると、すぐ後ろに古泉が立っていた。
「すみません。入る前にノックしたのですが、返事がなかったもので、誰もいないのかと」
「それは悪かった。考え事してたんだ」
 裏返したプリント紙をそのまま握りつぶす。誰のものか知らないが、すまん、緊急事態だ。
「考え事って、それですか?」
 まずい。古泉の名前が書かれた、それも妙なタイトルのついた質問に、ノックにも気づかない程集中してたなんて、我ながら冗談じゃないぞ。
「いいや、これじゃ……」
「覗くつもりはなかったのですが、あの、それ、僕の名前が書かれていましたよね?」
「だから、考えてたのはこれじゃなくてだな」
 くそ、めざとい奴め。
「その用紙は、あなたのものですか?」
「そういうわけでもない」
「では、遺失物ということになりますよね。でしたら、僕にも見せてくださいませんか」
 めずらしく古泉が食い下がってくる。だが、これを見せるわけにはいかない。
「なら他の三人が来てから聞いてみりゃいいだろ。このテーブルの上にあったんだ。持ち主が分かったら、これは俺がそいつに直接渡す」
「でも僕の名前があったんです。何か僕に関係したものかもしれませんよ?」
 しつこいぞ、お前。
「いいじゃないですか」
 なんとしても死守だ。俺は紙の上からテーブルに突っ伏した。
「見せてくださいよ」
 古泉が背中からぐいぐいと覆いかぶさるようにして、手を伸ばしてくる。俺はますますガードを固める。
「やめ……、重、いっ」
「見せてくれるまでやめません」
 まさかこいつ、自分の名前だけじゃなく、俺が書き足した部分まで見てたんじゃないだろうな。
「観念してください」
「それはこっちのセリフだ」
 いい加減、諦めろって!

「あんたたち、何してんの?」

 動きを止めた俺たちが揃ってゆっくり振り返ると、そこにいたのは。
 どんな顔をしていいのか高速で悩みながらもポーズは仁王立ちのハルヒと、あの春の再会の直後と同じようにおろおろした様子の朝比奈さん。そしていつも通りの長門だった。
 待て待て待て。
 おいハルヒ、そこは悩むところじゃないだろう。そしてなぜに朝比奈さんはそんなにうろたえていらっしゃるのか。長門、いつも世話になってばっかりで申し訳ないが、もし可能ならこの状況を何とかフォローしてくれないか。

 いや、だってな、相手は古泉なんだぞ?

(2007/12/13)
「それでも愛せるか!バトン(指定:古泉)」をキョンになりきって回答、とその後。