体が浮き上がるような感覚があって、目が覚める。 まだ早朝なのだろう。僅かに薄暗い部屋の中に、明けきらない夜の気配が漂っている。 久し振りに姉さんの夢を見た。 目が覚めた時に内容は忘れてしまったが、夢の中の姉さんが珍しく困ったような、悲しそうな表情を浮かべていたのが強く印象に残っている。 今まで、見た事の無い顔だった。 一体どうしたのだろう……? 何かを、伝えようとしていたのだろうか? そこまで考えて、何となく不安になった自分に気が付いて苦笑する。 「……今更何が起こったとしても驚くまいよ」 もう少し、もう少しであの忌々しい創造維持神を滅する事が出来るのだから。 正しい世界を取り戻す事が出来るのだから。 まだ上手く働かない頭で窓の外に視線を投げると、久しぶりに青い空が広がっていた。 歪みの影響は天候をも左右するのかと思う程、最近は曇天続きだったのだが…… 珍しい事もあるものだ。 そのまま、私は暫くぼんやりと青空を眺めていた。 気が付くとあの人の部屋の前に立っていた。 最後に姿が見たいと、そう思ったのだろうか? 重厚な扉を暫くぼんやりと見つめて、しかし僕は誰かに見咎められる前にと踵を返した。 今更あの人の前に姿を見せる事などできはしない。 結局、僕は彼を裏切る事しか出来無かったのだから。 今、ここにいるのが僕ではなく兄さんだったら、こんな結末にはならなかったのだろうか。 誰の犠牲を払う事も無く、平穏に過ごせたのだろうか。 歪んだ(歪ませた)神を滅する事で『世界を救う』という、あの人のバロックを癒す事が出来たのだろうか…… 今となっては、もう分からない。 運命の歯車は間違った方向へと廻り始めてしまった。 せめて、これから僕がする事で少しでも軌道の修正が叶うなら、僕は少し救われるような気がする。 そう思う事こそが自分勝手なエゴだという事はわかりきっているけれど…… 今は…… そんなとりとめのない事を考えながら、僕は仲間達が待つ神の間へと歩き出した。 朝から培養管の中のリトル達が騒がしい。 いつも断続的に同じ言葉しか繰り返さない彼等だが、今日はまるで内緒話をしているような音の波動が、全体から細波のように漂ってくる。 それはまるで、何かを待っているようにも、何かを畏れるようにも取れる囁き。 これは異変と言っても差し支えの無いものだろう。 何が、あるというのだろう…… これ以上、何が起こるというのだろう…… 脳裏の片隅を、藍色の髪をした青年の姿がよぎる。 今日、なのだろうか。 コリエル達が進めていると言われている計画が実行されるのだろうか。 ――― 上級天使に知らせるべきなのだろうか? ――― 上級天使の秘書としては、それが責務なのだろう。 でも、私は…… 私は、どうしたいの? 相半ばする感情がせめぎ合う。 周囲に人影は無かったが、強張っているであろう顔はマスクに隠されており、誰にも見咎められる事がないのはありがたかった。 『いずレにシろ、確認ハ……シナケればなりマセンね……』 上手く回らない口でぽつりと呟き、私はゆっくりと研究室を後にした。
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