■ Happy Halloween ?
最近少しずつ増え始めたデスクワークに勤しんでいると、急に部屋の外から騒がしい声が聞こえてくる。 普段からこの棟は使用している人数も来客も少ない。大人数が集まるような部屋も無いので、喧騒が聞こえる事など殆ど無いのだがと訝しく思っていると、程無くしてばたんと執務室の扉が開く。 「や、上級!久し振り〜!」 場違いな程浮かれた声に、漸く騒動の元凶を知った。 書類に伏せていた視線を上げ、そのままの勢いでひとつ怒鳴り付けようと口を開いた所で、目に映った双子の片割れの姿に一瞬固まる。 「……何をしているかお前は?」 「Trick or Treat…って、知らないの?上級」 相変わらずの上機嫌で笑っている彼の背中には、出会った時から付いている白い羽の他に、黒い色をしたコウモリの羽らしきものが一対になって翻っている。 こちらの驚愕した様子も全く意に介さない兄の後から、遠慮がちに弟も顔を覗かせた。 弟の背中にも、兄と対称になるような形で色違いの羽が揺れている。 その様子に頭のどこかが痛み出した気がして、私は無意識に額に手を当てた。 このまま怒鳴り散らして双子を外に追い出してしまいたい気持ちにも駆られたが、それでは確実に解決にならないことも知っているから始末に終えない。 もし本当に追い出した所で、扉の前で中に入れるまで騒ぐに決まっている。 そんなものを外に放り出したら、後で老人連中に何を言われるか……。そう思うだけで胃まで痛くなってくるような気がして、思わず眉を寄せてしまう。 ――― さて。 ひとまず入口で当惑している様子の警備天使達を手を振って下がらせる。 ぱたん。と扉を閉める音が聞こえた後、自分を落ち着かせるように、ひとつ大きく息を吐いた。 目の前の藍色は、こちらが答えるのを今か今かと待っている。 「……知っているが」 「ならいいじゃない。今日はハロウィンだよ?」 言われてカレンダーを確認すると、確かに今日は10月の最後の日だった。 時期は外していない……が。 「……お前、ここがどこか分かっているか?」 「教団の中だけど?」 その答えは正解だが、この状況にはひとつだけ、どう考えても間違っている事があるのだ。 「……お前は言葉の意味を忘れているのかも知れないが」 一度言葉を切って睨み付けるが、視線の先の兄はまだきょとんとした顔を崩さない。 「まがりなりにもここは『教団』なのだぞ一応!宗教団体に属する者が異教徒の祭を楽しんでどうするか馬鹿者!!」 一気にまくし立てると、藍色の瞳が漸くぱちり。とひとつ瞬きをした。 次に、しょうがないなぁ。という様子で僅かに肩が竦められる。 「……う〜ん。やっぱり怒られたか。上級は真面目だなぁ」 「だから部屋の中だけにしようって言ったでしょう?本当に済みません」 残念そうな顔をして苦笑う兄の横で、弟が頭を下げる。 「当然だ。……それに、私を脅しに来ても何もないぞ」 「お菓子をくれない人はイタズラされるんだよ?」 藍色の瞳がきらりと瞬く。次いで、ゆっくりと笑いの形に変わって行った。 「信仰している宗教が違う私に何を言っても無駄だ……馬鹿者。」 その視線になんとなく不穏なものを感じたのだが、そのまま言い放つと、彼は残念そうに眉を寄せた。 目の前の机に広がる書類に、つまらなそうに視線を走らせる。 「ちぇー……上級が退屈してるかと思って来たんだけど、結構忙しそうだね」 「それなりにな」 机の上にある書類は、以前双子がこの部屋に訪れた時には無かったものだ。 情報からは全く隔離されている場所で生活している二人が知らないのも無理は無い。 「じゃあ帰るよ。邪魔しちゃ悪いし」 「……そうか?」 随分あっさりと引くのに、思わず拍子抜けしてしまう。 「うん。顔も見れたし、僕は満足……だけど、上級ここ間違ってるよ?」 「何?」 さらりと眺めただけで、研究資料の間違いを指摘され慌てる。 「ここは、こう……理論自体が違う」 側にあった鉛筆でさらさらと正しい答えを導き出され、流石に茫然としてしまった。 驚いて兄の顔を見ると、こちらが目を丸くしているのを見てにっこり笑う。 「忙しいとは思うけど、たまには休憩しないとミスが増えるよ?」 「……ああ……覚えておく」 「それじゃ、行こう」 「うん。……それでは、失礼します」 そう言って、訪れた時と同じ唐突さで、双子は連れ立って部屋の外へと出て行った。 「あ、と……済みません」 扉を閉める所で何かに気付いたのか、弟がひとり部屋の中に戻ってくる。 「どうした?」 「はい、ちょっと……失礼します」 そう断って顔を寄せると、こそり、と耳の側で囁く。 「貴方は上級天使なんですから、兄さんに合わせて『一応教団』とか言っちゃ駄目ですよ?」 「………。」 「そうでないと自由が無くなる。失言はいけません。今は…まだ」 未だ立場は不安定なのだと、そう告げる。 「……忠告はありがたく受け取っておく」 「いいえ、とんでもない」 そう言って、兄と良く似た藍色が、暖かい色に染まらぬまま、笑いの形に歪められた。 「ま〜だ〜?」 「ちょっと待ってて!もう行くよ」 扉の向こうから、退屈そうに間延びした兄の声が聞こえる。 それに応えた時には、既にいつもの彼だった。 「それと、この子、少し預かっていて貰っても良いですか?」 言って差し出されたのは、最近双子が拾って来た白猫だった。 こちらも飼い主と同様、小さな背中に白と黒の羽を一枚ずつ背負わされている。 「……お前もか……大変だったな」 声を掛けると、いかにも迷惑だと言いたげに背中を気にしながら、なん。と甘えるように一声鳴いた。 「部屋が片付いたら迎えに来ますから」 苦笑いながら言う辺り、この騒動の準備に使った自室の状況は相当なものなのだろう。 「いや…執務が終わったら私が連れて行こう」 「良いんですか?」 「たまには気分転換も必要だ。…どうせそのつもりだったのだろう?」 言うと、今度は藍の瞳が柔らかい光を宿す。 「……了解しました」 お菓子を用意して待ってますから。と言い置いて、細身の身体が今度こそ扉に消える。 知らず息を詰めていたのか。扉がぱたりと閉まった音を聞くと、口からため息が漏れた。 「全く……」 あの双子と相対する時は、色々な意味で気が抜けない。 日々周りを無為に通り過ぎる大人達よりも余程優れた洞察力を持つ本質を、道化と無関心の仮面で隠し、彼等はじっと見ているのだ。 教団に属している限り、このまま傍観者ではいられないという事を分からない訳では無いというのに。 ――― まだ、その時期ではないという事なのか……? 神に愛された咎人達が、いつか牙を剥く日は来るのだろうか……。 その時、世界は…… 急に疲労を感じて椅子に深く腰掛けると、机の上にちょこんと座っていた猫が、不思議そうに首を傾げた。 にぃ。と心配そうに鳴いてこちらを見上げる白猫に笑んで、背中の羽に手を掛ける。 「お前の飼い主達にも困ったものだな…重いだろう?」 言いながら紐で結わえられていた羽を外してやると、ぷるぷるっと身震いをして、せっせと毛繕いを始めたのだった。 今はまだきっと、休息の時間。 |
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END
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お久し振りすぎますが……弟くんが黒くてすみません……。 ついでに全然ハロウィンじゃなくてごめんなさい(土下座)。 2005.10.28 UP |
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