■ 秘密




「ああ、疲れた〜」
 朝から秘書室で書類の整理をしていた天導天使は、漸く一段落ついた所で大きく伸びをする。
「ここまで溜めちゃうとなかなか終わらないわ……最近研究所に詰めっぱなしだったからな〜〜」
 彼女が思わずぼやいたのも無理は無い。
 いつもはきちんと整っている秘書室の机の上には、未処理の書類や目を通しておかなければならない資料等がかなりの嵩で積まれているのだ。
 激務に追われる上級天使の秘書をしていると、日々の雑務もやはりかなりのものになる。
 ましてや天導天使はもう一つ、研究者としての顔も持っているのだ。
 研究が佳境に入ると、段々目に見えない所が疎かになっていってしまう。
 どうしても至急のものはその日のうちに片付けていたのだが、決済が先の書類や研究結果のレポート等、雑多な書類はいつの間にか机の上に載り切れない程になっていた。
 研究のほうがとりあえずの目途がついたので、漸く本腰を入れて事務処理を始めたのだが、いかんせんこちらの目途はもう暫く立ちそうに無い。
 それでも今机の上に乗っているものに関しては、決済済みの書類のほうが多くなってきたのだが………
 そこまで考えた所で、載り切れないからとキャビネットの上に移動させていた書類の束に気が付いてしまって、彼女は大きなため息をついた。
「………休憩しよ」
 気晴らしにお茶でも煎れようと思って立ち上がる。
 疲れてしまった目を瞬かせながら、天導天使はぼんやりと窓の外の緑に目を向けた。
 すっかり自然が少なくなってしまった世界だが、まだ教団の広大な敷地には四季を感じさせる緑が至る所に残っている。
 目を休める為にと、見るとはなしに外の景色を眺めていると、偶然、良く見知った白と金の色彩が目に飛び込んできた。

 あそこにいるのは……上級天使と、12号だわ。

 中庭にあるベンチに座って何か雑談をしているようだ。
 丁度ここの窓以外からは死角になるような場所なので、不特定多数の誰かに見られるという心配が無いせいだろう。2人とも、随分リラックスした様子が見て取れる。
 何を話していたのか、12号が珍しく全開の笑顔で笑っている。対照的に上級天使は真っ赤になって、渋面を作ってそっぽを向いた。
 その、いつもの彼からは想像がつかないような感情を露にした幼い様子に、信者が見たら卒倒するだろうと思いつつも天導天使は淡い笑みを浮かべる。
 いつも激務に追われているのだ。向こうも羽目を外さない程度に息抜きをしてくれれば良いと思う。
 だが、それとは別に、どうしても悔しいような、納得がいかないような。そんな感情が自分の中にあるのも天導天使は自覚している。
 自分の中の『秘書』としての部分ではなく、『女』としての感情が抗議の声を上げているのだ。

 でも、あの人達に嫉妬してもね………

 窓枠に頬杖をついて、金と藍の色彩を持つ彼等をじっと見つめる。

 確かに、あの二人は小さい頃から教団にいた、所謂幼馴染みたいなものだし。12号のお兄さんが亡くなった時、彼を立ち直らせたのが上級天使だった、と聞いた事があるし……

 気難しい癖にどこか寂しがりやな上司に、気心が知れた友人が居るのは喜ばしい事なのだろうけれど。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、何だか面白くない。

 自分は上級天使の友人ではなく、ましてや恋人でもなく、只の彼の秘書なのだから。と頭では理解しているつもりなのだが、こう、口では言えないもやもやしたものがどうしても心の中にわだかまってしまう。
 それを吐き出すように、天導天使は盛大にため息をついた。

 理不尽な恨みだとは分かっているのだが、今日に限っては、自分が雑務に追われているのにのんびりと遊んでいるのもどうしても感に障ってしまうのだ。

「……やっぱり、何だかつまらないわ」

 一度そう思うと、むくむくと悪戯心が頭をもたげてくる。
 折角休憩しようと思ったのだ。一人で休むよりも他に人が居たほうが楽しいに決まっている。

 天導天使はくすり、と悪戯っぽい笑みを浮かべると、いそいそと秘書室を後にした。




「…………もう少しちゃんと言葉にしてみてはどうですか?」
「うるさい……」
「そんな事言ってると、今に愛想つかされますよ?」
「…………」
 上級天使が何かを言おうとして口を開きかけたその時。

「…………お二人とも、随分楽しそうでいらっしゃるんですね」
 会話に突然割り込んできた声に、二人とも驚いたように肩を震わせる。
「てっ……天導天使?!」
「……聞いてました?今の話」

 話………?

「いいえ?今来た所ですもの」
 そう言って天導天使が小首を傾げると、男二人はほっと胸を撫で下ろす。
「どうしてここが?」
「私の部屋の窓から丸見えですから。二人とも、油断なさってたでしょう?」
 言われて、二人ははっとしたように上を振り仰ぐ。
「……あそこ、空き部屋じゃなかったのか?」
「………秘書室です。確かに最近あまり使っていませんでしたけど」
 ばつが悪そうに渋面を作った上級天使を見て、天導天使と12号がくすくす笑う。
「それで、僕等が話してるのを見てた天導天使様は何をしに?」
 天導天使が持っているものに気が付いていない筈は無いのに、12号がそんな事を言う。
「一緒にお茶を、と思いまして」
 ふわり、と笑って、彼女は持って来ていた小振りなバスケットを掲げて見せた。


 物分りのいいふりばかりではつまらないもの。
 貴方達の事、もっと知りたいから。





END
今回サイトのリニューアルという事で、昔々、ゴミのほうに掲載した事があるSSをリメイクしてみました。
こんな話を書いているのでうちの天導さんは姐御と呼ばれるのかも知れません(苦笑)。
04.02.01UP
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