■ 風の吹く場所




 初めて建物から出て、空を見上げた。
 もう大熱波は起こらない筈なのに、始めからそうだったように空は赤いまま。
 神経塔の周りには何も無い、赤茶けた砂漠のような風景が広がっている。
 初めて見る外界は、とても殺風景で寂しいものだった。

「どうしたの?外に出るなんて珍しいわね」
 神経塔の屋上ドームに寄りかかってぼんやりと遠くを見つめていると、優しい声が聞こえた。
「うん……」
 心ここにあらず、という風情のぼくを眺めて、イライザはかすかに眉を寄せる。
「寂しいの?もうあの人と言葉を交わす事が出来ないから」
「そう……かも知れない。でも何だか良く分からないの」


 本当のぼくとイライザは母さんの……創造維持神の中に統合された。
 今のぼく達は、いわば神経塔内を漂う残留思念のようなもの。
 多分人間的に言うと『幽霊』みたいな存在なんだと思う。
 ぼく達がヒトの姿を取る事ももう不可能で。
 だから、もう『彼』と触れ合ったり話をする事は出来ない。
 今のこの『意識』も、時間とともに少しずつ薄れていって消え去る事になる。
 それが寂しくないといったら嘘になるんだと思う。

 でも、今まで場所に縛られていたぼく達は、かりそめの『自由』を手に入れた。
 自分が望めば、こうして神経塔の外にも出る事が出来る。
 それがぼく達にとって良い事なのかどうかは、わからないけれど。


「ほら、イライザ。また来るよ」
 遠くに見える教団の研究施設から、人影がひとつ神経塔に向かってくるのが見えた。
 しっかりした足取りで、迷わずにこちらに向かってくるのは……

 ぼくとイライザの視線の先には、クローンの『彼』がいる。
 今日も神経塔の中に入って、そして死んでいくのだ。
「バカだよね……もうあんな事をしても何の意味も無いのに」
 ぼく達と、そして下層に居る彼の孤独がその時だけ、ほんの少し癒えるだけ。
 それも本当の意味で癒される事は決して無いのだ。
「ほんっとうに、バカだよね……」
 無意識に膝を抱えていたぼくの目から、涙が零れた。
「アリス……」
 でも、ぼくにはどうして自分が悲しいのかが分からない。
 ただ、今の『彼』を見ていると胸が痛くなる。それだけ。
「それが、辛いのね。見守るしかない自分が……」
 優しい手がまるで小さい子供にするように頭を撫でてくれた。
「わからないよ……元々ぼくは感情の欠落部分が多すぎるから」
 まだ実体があった時は、よく分からないもやもやしたものをやってきた『彼』に思いきりぶちまけていたものだ。
 そうすると必ず『彼』は困った顔をして、曖昧に微笑んだ。
 それにまた苛々して怒鳴ったりもしたけれど……。
「多分、『彼』が今でも神経塔を訪れるのには何か意味があるのよ」
「でもっ!!」
 あんなふうに無為に死んで行くのに何か意味があるなんて、ぼくにはどうしても思えない。
「何のためなのかは分からないけれど、最下層にいる『彼』がそれを望んだから、まだ続いているのでしょう」
 私達がどうこう言える事じゃないわ。それは割り切らないといけないの。
 そう言ったイライザは、やっぱり自分も寂しそうだった。

「イライザは、今のぼくたちの状況が悲しくなったりしないの?」
「……そうね。悲しいと思わないと言ったら嘘になるのかしら」
 だが、上級天使の姉の姿を模したのだという豪奢な容貌をした彼女は、気負いもなくさらりとこんな事を言った。
「……もう私達の姿は『彼』には見えない。言葉を交わす事も出来ないけれども、でも、彼を愛しいと思う気持ちは……今の私達を形創っている気持ちは無くならないわ。いつかそれすら消え去るものだとしても」
 だから、私は平気。
 そう言ってイライザは、今まで見た事が無いようなほんのりと暖かい微笑を浮かべた。

 そうか。
 多分それはぼくも一緒。
 それだけは絶対にぼくも無くならないよ。
 好きだって気持ちは。

「……イライザ」
「なあに?」
「その時まで、ずっと一緒にいようね」
「うん……一緒ね」


 ……いつか、消滅する日まで。





END
ホントはゴミ小説(苦笑)にする筈でしたが、思うところ(?)がありましてちょっと昇格させてみました。
……アタシこんなんばっかやな(苦笑)。
主人公の兄の幻影の例もありますし、彼女達も一応カミサマなので、こういう事があってもアリかなあ、と(苦しい・笑)。
作中でイライザの容姿の事を『上級天使の姉』と書きましたが、バロリポZ見るまで(っていうか上級天使の姉を知るまで。アレもホントにオフィシャルなんでしょうか……)本当の所私、イライザってずっと『上級天使女版』だと信じて疑わなかったんですけど……ダメ??ダメかなあ……?
でもアリスの容姿は『主人公女版』ッスよねえ??
03.02.19UP
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