■ 魔法の呪文……?




 ある日の午後、建物の一角で重苦しいため息がつかれる。
「暑い……」
 呟いて、机に突っ伏してしまったのは上級天使だ。
 天上ではクラシカルな扇風機が頑張っているのだが、生温い風が動いているのが感じられるだけで、あまり役に立っているとは感じられない。
 執務室には勿論他にも空調設備があるのだが、てきめんに冷房負けをするのでそれほど冷やす事が出来ないのだ。
 それでも、ほとんど外出をしない為、室内の温度に慣れてしまえば多少温度が高くても平気なのだが…。
「ここ数日の暑さは異常だぞ……」
 これではちっとも仕事が捗らない。
 体調不良になるのを覚悟で、空調を調整しようと思い始めた所で、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえた。
「失礼します」
 声と共に入室して来たのは、長いローブを涼しげに着こなしている天導天使だ。
「やっぱり参っていましたね」
 今日は特別暑いですものね〜。と言って、彼女はふわりと笑う。
「お前、服の中に何か仕込んでいないか?」
「そんな事していません。支給の制服は、一応改造禁止ですもの」
 出来るものなら即座に何かしているという口ぶりに、上級天使の眉間に皺が寄った。
「……用が無いならさっさと出て行け。温度が上がる」
「……氷菓をお持ちしたのですが、持って帰りましょうか?」
 冷たいものと聞いて、上級天使の顔が上がる。
 無表情の天導天使がトレイの上に乗せていたのは、何とも面妖な物体だった。
「何だ?これは」
「かき氷です」
「かき……?」
「ニッポンという国の、夏のお菓子だそうです。氷を細かく削って、シロップをかけるのだとか」
 そう説明する天導天使の話を聞いてもどことなく違和感かあるのは、目の前の物体の色だろう。
 器に山形に盛られた、削った氷なのだろう白い物体は、何故か中程から茶色いような緑色のような微妙な色をしている。
 その外見からは、どうにも食べ物というイメージが湧いて来ない。
「氷なのに、どうして緑色なんだ?」
「宇治抹茶金時ですから」
「……それは何かの呪文か?」
 天導天使が少し疲れたように首を傾げる。
「先日、12号が出張のお土産に抹茶を買ってきてくれましたでしょう?」
「ああ……あの少し苦い粉末か」
 意外と器用で凝り性だった12号は、出張にかこつけて何と茶道具を一式揃えて来たのだ。
 点ててくれた抹茶は確かに美味だったのだが、何の為に遠い島国まで行かせたのかと叱り飛ばした事まで一緒に思い出してしまい、上級天使の眉間には更に深い皺が刻まれた。
「緑色の部分はあれと同じものです」
 味見もしました。と言って、上級天使の前にどん、と件のかき氷を置いた。
「溶けてしまいますので、お早めにどうぞ」
 問答無用で前に置かれたそれを眺める。
 既に運ばれて来る間に溶けてきていたのか、器に近いほうは若干水っぽくなっている。
 近くで見れば、得体の知れない色に見えていたのは、上に茶色い豆の甘煮(『あんこ』と言うらしい)が乗っていたせいだとも分かった。
 とりあえずは食べても差し支えなさそうだと判断すると、上級天使は添えられていたスプーンを手に取った。
 スプーンで刺すとさくさくと音を立てる氷片の固まりを、控えめな量口に運ぶ。

 さくり。

 アイスクリームとは違う冷たい食感に驚きながら、もそもそと一口目を飲み込んだ。
 悪くない、と、思う。むしろ好きな味かも知れない。
「どうですか?」
「……うん」
 言葉少なに黙々と食べ始めた上級天使を見て、天導天使は小さい子供を見るような瞳で微笑む。
「冷え過ぎても体に悪いですから、後で温かいお茶をお持ちしますね」

 そう言って、天導天使は部屋を後にしたのだった。





END
今年の夏コミに配布したチラシの裏です(苦笑)。
すっかりUPする時期を逃して困っていたのですが、この際上げてしまう事にしました。
間に合わせで済みません…。
2006.11.28UP
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