■ SNOW




 見る見るうちに外が白くなっていく。
 久し振りの雪景色を、僕は部屋の窓から飽きる事無く見つめていた。

「積もるかな」
 何となく声が嬉しそうになってしまう。ここに雪が降るのはとても珍しい事なのだ。
「お前、あんまり貼りついてると冷えるよ……はい」
 窓に貼りついて外を眺めていた僕に、兄さんがココアを持って来てくれた。
「ありがとう……本当だね」
 いつの間にかすっかり冷えてしまった体に、温かいココアが染みる。
「はぁ〜〜あったかーい」
「……以外とジジムサイね君」
「……兄さん?」
 じろっと睨んだ僕をおかしそうに笑うと、自分のカップと椅子を運んで来て、兄さんも窓辺に陣取った。
 そのまま2人、暫く無言で外を見詰める。

「何かさ〜、似てるよね」
 出窓に肘を付いて外を見つめていた兄さんが、唐突に口元に笑みを浮かべてそんな事を言った。
 その、何かを思い出すような表情に、誰の事を言っているのか見当がつく。
「ああ、あの上級天使候補の?」
「そう」
 僕はまだ遠くからしか彼を見た事が無かったが、兄さんは少し話した事があるという。
 色素が薄い、紅い瞳が印象的な少年を垣間見て、僕は何故か背筋が寒くなったのを覚えている。
「潔癖そうな所が似てるよ」
 兄さんはそう言って笑った。
 その笑みを含んだ口調に気を引かれる。
 兄さんは僕より人付き合いでも何でもそつ無くこなすけれど、あまり周りのものに興味を持たない人だった。そこに心を残すのを怯えているようだと思った事もある。
 だから、それが何であれ、兄さんが何かに興味を持つ事は僕は嬉しく思っているけれど ―――
「今、何してるのかな」
「多分僕達と同じ事してると思うよ」
「1人でかな……」
 兄さんの呟きを聞いて何となく切なくなった。
 確かに、こんな静かな夜に1人で外を眺めているのは寂しい事だと思う。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「行ってみようか?彼のとこ」
 この唐突な申し出に、兄さんはぽかん、と口を開けた。
「まだここに来て間も無いし。心細いかも知れないしね。心配なんでしょ?」
「……って、部屋分かるのか?」
「……東塔の3階。けっこう噂になってるよ。地位的にも容姿的にも目立つから」
 やっぱり知らなかったか……
 勝手に部屋を抜け出して何処にでも行ってしまう癖に、他の人の話はまるで聞いていないのだ。
「お前本当にその手の情報早いよな〜」

 ――― 自分の事を棚に上げて、人を噂話好きのおばさん達と一緒にしないで欲しい。

「もしかして、お前……」
 複雑な顔をして、声を顰めて手招きする。
「何?」
『……あいつの事、好きなの?』
 こそっと耳元で囁かれた言葉に脱力しそうになりながら、チェシャ猫のような笑いをしている顔を押し返す。
「何言ってんの。兄さんが人の話を聞かなさすぎなんだってば」

『好きなのは自分でしょ』
 その言葉は胸の中にしまっておく。

 ――― 何だかちょっと複雑な気分だけど ―――

「じゃ、行こう。ついでに向こうに泊まって来ようよ」
 やっぱり随分嬉しそうに、兄さんは僕の手を引いた。


 コンコン

 夜更けに部屋のドアが叩かれた。
「誰?」
 ぼんやりと降り積もる雪を眺めていた私は、その音に我に返る。
「開けてくれる?」
 扉の外から聞こえてくるのは子供の声だ。
 何日か前に会った事のある彼だろうか?
 尚も続くノックの音に、広い部屋を小走りに横切り扉を開ける。
「こんばんは。何してた?」
 開け放した扉の向こう。自分よりほんの少しだけ目線の低い瞳が2対、視界に飛び込んできた。
 正直、驚く。双子と聞いていたが、こんなに似ているとは思わなかった。
「何を……って」
 言葉に詰まった私を押し退けて、2人は部屋の中に入って来る。
 正しくは、1人とそれに引っ張られたもう1人、だが。
「やっぱりこんな暗い部屋に1人で居たんだ」
 どう対処して良いか分からず途方に暮れていると、部屋の中程まで来て、良く喋るほうがくるり、とこちらを振り向いた。
 意思の強そうな瞳が私を見据える。
 こちらが兄の方だろうか?
「兄さんが、あなたが寂しがっているんじゃないかって」
 兄より少し優しい顔立ちをしている弟がそう言って、はにかんだように笑った。
「――― 寂しい?」
 そんな事、感じた事は無かった。
「やっぱり自覚無いんだ」
 兄のほうが大げさにため息をついた。
「こんな夜は1人でいるものじゃないの」
 そう言って、彼等は持ってきた毛布をベッドに広げ始める。
「何をしてる」
「だから、一緒に寝ようってば。君もおいで」
 ぎゅっ、と暖かい手に引っ張られて、半ば無理矢理同じ毛布にくるまる。
「こうしてれば暖かいでしょ」
「………。」
「兄さん、真ん中に入れてあげないとぼくらの羽根が邪魔だって」
「あ、そっか」

 もぞもぞもぞもぞ ―――

「これで大丈夫だよね?」
「………ああ。」
 自分以外の体温を感じるのは何だか不思議な感じだ。
 それに。
 されるがままになっているこの状況は、普段ならとても不快な筈なのだが……今はそうは感じない。
 何故だろう。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ」
 慣れない展開に固まってしまった私に、弟のほうがそう声を掛けてくる。
「別に……私は……」
 言い淀む自分の声が妙に頼りなく聞こえた。
 私の両側から、双子が顔を見合わせてくすくす笑う。
「明日になって雪が止んだら外に出てみましょう」
「だが私は……」
 外に出る事を禁じられている。
「大丈夫。抜け道はたくさんあるから」
 いたずらっぽく瞳を輝かせて兄が言った。
 彼が言うと何故か本当に何とかなってしまうような雰囲気があって。

 その自信満々な顔を見て、思わずくすり、と笑った。

 久し振りに良い夢が、見られそうだ。





END
帰省したら延々雪に降られていたので、何か雪にちなんだショートショートを……と思っていたのですが。
本当は半分位の内容になる筈が……後ろ半分まるごと暴走の産物……(大汗)なのでいまいちまとめきれてないですね。
一応前の話(TWIN)と繋がってますので、双子は分離されて、それぞれ個々として行動しています。
それぞれ片翼ずつ羽根もついてます。
どちらが右でどちらが左かというと……それは秘密です。(実は決めてません。大汗)

雪は降ると周りの音が無くなって、怖い位に静かになるのが好きです。
ので、それにかこつけて双子に上級天使の部屋に押しかけモードにさせてみたりしてしまいましたぁ。
03.01.06UP
>> back <<