■ それもまたひとつの




 ぴちゃん…と雫が落ちる音で我に返った。
 立ち尽くしていた僕の目の前には、深い水槽が広がっている。

 その上に浮かんでいた少女はどうなったのだろう。

 光の球を抱えて消えた?

 それとも、僕がこの手で斬った?

 相反する二つの光景がフラッシュバックして、目眩がする。

 ふらふらと吸い寄せられるように水槽の縁まで足を運び、少女のカラダが沈んでいないかと、水槽の底に目を凝らした。

 底が見えない程の水深に惹かれるように前のめりになり

 水に触れる瞬間、知らない服を着て、どこかのソファに横になっている自分自身が脳裏に閃いた。

そして

は………



――え、ねえ……

 誰かが呼ぶ声がする。

 ここには僕しか居ない筈なのに。……その前に、さっき水底に落ちたのではなかったのか?


「ねえってば!」
 少し苛立ちを含んだ声とともに体を揺さぶられ、はっと目が覚める。
 顔を覗き込んでいるのは、明るい色の髪をした少女――アリスだ。
「あ……?」
「うなされてたよ。どうしたの?」
 喫茶店の奥のソファでいつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。
 まだ妙な動悸がする体に戸惑いながらも、僕は体を起こす。
「なんでもないよ」
「そう……?」
 アリスの手がそっと額に触れた。
「なんか、変な感じがして…」
「大丈夫。起こしてくれてありがとう」
 笑いかけると、緊張していた彼女の顔が少し柔らかくなった。
「すっかり寝ちゃってたのか。ごめん」
「ううん、ちょうどいい位。もう少しでお店終わるから」
「うん。待ってる」
 ぱっと笑顔になって去っていく背中に、深緑の服を着た姿がだぶった。

 そう、あれもきっと―――

 もうひとつの、未来





END
大熱波記念日の話…で書いていたのですが、当日にUP出来なかったので、話という話でもない癖に随分遅くなりました。
元々は気の狂ったようなポエムってどんなんだろうと思って書き始めたのですが、本家は強烈だった……!
2012.06.10UP
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