■ 星屑の丘




 折からの寒さに身を縮めるようにして郊外の丘へと足を運ぶ。
 時折吹き渡る風からは鎧の弟が風除けになってくれるのだが、気温の低さはどうしようもなく、エドワードは痩身を震わせた。

 事の起こりは数日前立ち寄った馴染みの黒髪の青年の言葉だった。
 息抜きにでもなるだろう。と口唇の端を微妙なふうに引き上げて言った言葉にその時は酷く反発したのだけれど、結局は彼の言葉に従うようにこんな場所に来てしまった。
 何故だろう。と考えても答えは出ない。

「……この辺で良いか?」
「そうだね。もう、街の明かりも気にならないよ」
 弟の言葉に足を止め、ふうっと大きく息を吐き出すと、呼気は白く変わり風に流れていく。
「時間も、多分丁度良い……」
 ゆるりと視線を天上に向けると、漆黒の空に程無くして一筋、きらりと銀の矢が流れた。
「あ……」
「……たまには本当の事言うんだな」
「また兄さんはそんな事……」
アルフォンスの溜め息を聞きながら、エドワードは今光が流れた方向をじっと見つめた。

『ここ数日で流星群が見られるそうだよ』
 報告書の提出にふらりと立ち寄った執務室で、突然ロイがそう言った。
 一瞬何かの謎かけかと訝しんだのだが、どうやら何の裏も無いようだと分かった瞬間エドワードは鼻白む。
『……この歳で流れ星見て何が楽しいってんだよ』
『まあ、そういうな鋼の。こういう事は一年に何度も無いものだよ?』
 さらりと言って、胡散臭い程の完璧な微笑を湛える顔を一度殴ってやろうかと思ったのだが、それも酷く子供らしい行動だと思って途中で止めた。
 こんな顔をしている時のロイは、エドワードをからかいたくて仕方が無いのだ。
 こちらが何か行動を起こすのを手ぐすね引いて待っているのだから。
 そこまで思って、脱力感を感じたエドワードは大きく溜め息をついて後ろを振り向いた。
『付き合ってらんね』
 ぼそりと呟いて扉に向かって歩き出すエドワードの背後に通りの良い声が投げ掛けられた。
『もう出るのかね?』
『もう情報も無いんだろ?居るだけムダだ』
『次は何処へ?』
『……南へ』

 振り向かないままのエドワードの耳に、柔らかい音が響いた。

『……気を付けて、行って来なさい』


 双子星の間近から一筋、また一筋と光の軌跡を描いて流れていく流星に兄弟は暫し言葉を忘れる。

 ――― たまには、無意味だと思うものに目を向けても良いのではないかね?

 少し皮肉交じりの口調で呟いた彼の言葉を思い出す。
 確かにこの光景には意味があるとか無いとか、そういうものでは推し量れない感動があった。
 目の前だけを見つめていたら絶対に見る事の無かった光景だった。

 こうしてロイはエドワードが常日頃忘れかけているものをさりげなく思い出させてくれるのだ。
 目に映るものをそのまま信じる事。
 綺麗なものを綺麗だと感じる心。
 乾燥しがちなエドワードの心を潤すように。溢れないようにそっと水を注いでくれる。

 ふ、とエドワードの瞳が柔らかい光を帯びる。

 なんとなく、彼も今この空を見つめているような気がした。

 きっと彼とは、今この空で繋がっている。





END
SSSからのお引っ越しです。
元々SSSにUPしたのは12月。双子座流星群があった辺りかと。
天文ショーがあると、何となくこういう話を書いてしまうらしいです。
2007.07.07UP
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