■ 好きなもの




「牛乳嫌いなのに、シチューは好きなんですか?」
 鍋を掻き回しながら言ったハイデリヒの声は、微かに笑いを含んでいて。
 それに気付いたエドワードの眉が不機嫌そうに顰められる。
「……悪かったな。ガキみたいで」
「誰もそこまで言って無いですよ。珍しいものが嫌いだなと思っただけです」
 食材そのままは食べられないが、加工品は食べられる…というのは割と聞く話ではあるのだが、エドワードはこと牛乳に関してだけはそれが顕著だ。
「チーズは食べられるのに…好き嫌いは駄目ですよ?」
「……あんなもの、そのまま飲めるほうがおかしい」
「…ははは」
 そう言い切る彼の前に置いてあるカップの中身は、ミルク多めのカフェオレだったりするものだから、思わずハイデリヒは吹き出してしまう。

 過去にも散々言われているのだろう。ぷうっと急に膨れっ面になって、ぼそぼそとバツが悪そうに言い訳をする姿に、もう一度ハイデリヒは笑った。
「…アルフォンス、お前笑いすぎ」
「済みません…でも、エドワードさんの顔を見てたら……」
「顔?」
 不思議そうに目を丸くして、彼は自分の両頬に手をやった。

 普段は絶えずぴりぴりしているか、厭世観を漂わせている事の多いエドワードが、ふとした時に見せる無防備で幼ささえ感じさせる仕草に、ハイデリヒは微笑む。

 ――― 本当は、ずっとそんな顔をしていて欲しいのに。

 叶わないとは分かっていても、そう願ってしまう。

 彼にとってはこの世界自体が苦痛なのだろうに。

「……何?」
「いいえ、何でもないです」

 不意に黙ってしまった自分を訝ったのか、小首を傾げたエドワードに、もう少しで出来ますよ。と声を掛けて。

 ハイデリヒは不意に訪れた優しい時間を堪能するために、鍋の側を離れるのだった。





END
SSSからお引っ越しです。
グレイシアが声を掛けなければ、あそこのおさんどんはハイデリヒがやっていたんだろうなぁという妄想で。
だって、ミュンヘンエドって何にもやらなさそうなんだもん(笑)。
2007.07.07UP
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