■ TOY SOLDIRES Roy side




 山のように積み重なっていた書類にあらかた目途がついた所で、部屋の主であるロイ・マスタングはひとつ大きく伸びをした。
 そのまま首を左右に傾けると、それぞれぱきん。と小さな音がする。
 朝から同じ姿勢を取り続けていたせいで、すっかり身体が固まってしまっているようだ。
「やれやれ…老体には堪えるな」
 聞く者がいないのは分かっているのだが、そんな軽口を言って彼は苦笑した。
 軍人である自分のデスクワークが多いのは平和な証拠だとはいえ、いくらなんでもこの量は尋常では無いだろう。
「そんなにさぼっていた覚えも無いんだがね……」
 ロイはそう呟いて、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口啜った。
 処理する順序を考えながら白い紙を眺めていると、酷使のし過ぎなのか、心なしか目まで霞んで来たような気がして、ひとつため息をつく。
「……まだ眼鏡は御免だぞ」
 そう小さく呟いて、眉間をぎゅうぎゅうと指で揉む。
 そうすると今度は目の奥のほうまで痛くなって来た気がして、机から離れて椅子に深く腰掛けた。
 大人しく執務室に納まっているのをこれ幸いと、遠慮無しに書類の束を運んで来る副官には悪いが、どう考えても今の自分には休憩が必要だろう。
 自主的に暫く休憩する事に決めると、目を休める為にと窓の外に視線を向ける。
 ……と、ちょうど良いタイミングで門を入って来る小さな姿が見えた。
 一瞬見間違えかと思い目を瞬かせたのだが、目に映る姿に変化は無かった。

 ――― どうやら本物の…鋼の錬金術師のようだ。

 それを確認したロイの口元に淡い笑みが浮かぶ。
「これはこれは…久しぶりじゃないか」
 鎧の騎士を従えたその姿を最後に見たのは、一体いつぶりだろうか…と記憶を遡ってみる。
「……二ヶ月ぶりか…全く」
 私が口やかましい上官だったらどうなっていたかね?
 そう思いつつ、ロイはやけに楽しそうに仕事を放棄したばかりの机に向かう。
 頭の中で数字をカウントしながら、彼は書き損じた書類を折りはじめた。


 ……さっき正面に姿が見えたという事は、今頃は玄関にたどり着いた所だろう。
 今日の受付嬢は彼の顔を知っているから、不必要に待たされることも無い。
 指折り少年の行動を思い描きながらも、頭の中のカウントは数を増して行く。

 ……そろそろ大部屋の前に差し掛かった頃かな。
 ハボックは外に向かわせたばかりだから、あまり時間を取らずに通過して来るだろう。
 今の時間なら中尉も部屋に居るから、寄り道せずに真っすぐこちらに向かう筈だ。
 そこまで考えた所で、いつもエドワードに付き従っている弟に関係する出来事を思い出す。
 ……アルフォンスは…ブレダ達に捕まってしまうかな?

 前に兄弟が訪れた時に、カードゲームで負けたと大騒ぎしていた姿を思い出し、ロイはくすりと笑う。
 エドワードがこちらに報告に来ている間、アルフォンスが退屈しないように気を配ったつもりだったのだろうが…前回は見事にしてやられたようだ。
 ……程々でアルフォンスを開放してやれば良いのだが…後で様子を見に行くか。

 頭の中で考えを巡らせながら、最後、紙の隅に錬成陣を書きそっと指を置くと、一瞬だけ机上が光に包まれる。
 少し前までは書類だったものを手の中で持て余しつつ、少年が顔を見せるのを待つ。
 耳を澄ますと、左右微かに違う足音が遠くから聞こえて来た。
 相変わらずの軽そうな足音に変わらない姿を思い浮かべて、部屋の主は再度、唇に淡く笑みを浮かべた。

 ……さあ、きっともう扉の前に……

 ロイが手の中のものを構えた所で、予想通り扉が勢い良くノックされる。
「大佐っ!居る……おぁっ!」
 部屋の主の許可も求めずに扉を開けたエドワードの額に、絶妙のタイミングでロイが投げた紙飛行機がぶつかった。
 避けられてしまうかとも思っていたが、あまりに見事にクリーンヒットしたのでロイも内心かなり驚く。
 声も出さずに額を押さえている所を見ると、かなり痛がっているようだ。
「……こちらの返事を待てと何回言ったら分かるのかね?君は」
 しかし、そんな事はおくびにも出さずにそう言ってやると、痛みからか少々涙目になった大きな瞳がこちらを睨み付けて来る。
「痛って…!何すんだテメエ!」
 そう怒鳴って、自分の足元に落ちた紙飛行機を見た瞳が別な輝き方をする。
 どうやら仕掛けに気付いたらしい。
「テメ……刺さったらどうするんだ!」
「加減はしているつもりだが。怪我をしたら優しく介抱してやろうじゃないか。久しぶりだしね」
 うそぶくと、金の瞳が怒りの為にきらきらと輝く。
 それが優美な猫科の肉食獣を連想させて、ロイはうっすらと微笑んだ。
 この展開では、後でホークアイに怒られるだろう事は容易に想像がついたが、この素直な反応が楽しくて、彼をからかうのはどうしても止められないのだ。

 エドワードが無言で両手を勢い良く合わせるのに応えて、こちらも机の引き出しから発火布を取り出した。

 ――― さて…後はどうやって被害を最小限に抑えるかだな。

 頭の片隅でそう思いつつ、用心の為にロイは発火布を右手に嵌めたのだった。


 バトル勃発までのカウントダウンは、あといくつ……?





END
ロイは、この位エドを構い倒して欲しいというのが願望にあります。
気づかないけれど実は甘やかされてるというのが理想(笑)。
2007.7.7UP(初出:2006.06.04ロイエドオンリー焔VS鋼)
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