■ TWIN
最初の記憶は、白い部屋から始まっている。 窓が無い、広々とした白い病室。 ベッド以外の余計なものは一切無く、唯一チェス盤だけが持ち込みを許されていた。 あの頃の僕にとって、その閉鎖空間と兄の存在が世界の全てだった。 「やっぱり嫌だ……不安だよ」 「どうして?」 チェス盤を挟んで目の前にある僕と同じ顔が、僕とは違う大人びた表情で見つめてくる。 「だって、兄さんは不安じゃないの?」 チェスの駒を力一杯握り締めて呟いた僕を見て、兄さんは少し驚いたようだった。 「僕は、今回は簡単な手術だって聞いたよ?」 片翼だけの羽根を揺らして、少し困ったような表情を浮かべる。 「兄さんばかり多すぎるよ。手術の回数が」 「それは、僕がお前よりも臓器に適応しきれてないせいだよ」 僕のほうが本当の自分の体が少ないからね。 冗談めかしてそう言うと、兄さんは軽く片目を瞑ってみせた。 そう。僕達は生まれた時は繋がっていて。 僕達の記憶は曖昧だが、その異形さ故に母は僕達を手放し、マルクト教団は何故か『神の子』として僕達を迎え入れた。 教団に保護されてまもなく、成長していく二人分の体を維持しきれなくなっていた僕達は分離 手術を受け、双方が共有していた臓器を今は人工臓器で補っている。 背中にある翼も、多分その時に付けられたものだろう。 半分以上つくりものの体は弱く、今でも『調整』という名目で、時々手術を受けさせられている。 兄さんは特に頻繁に。 服から覗く、骨の浮き出た腕を見ると不安で押し潰されそうになる。 「何だか……今回はすごく嫌なんだ。このまま会えなくなってしまいそうで」 「馬鹿な事言うなよ。大丈夫。すぐに元気になってお前の所に戻ってくるよ。 ……今までだって、そうだったろう?」 憎らしい程淡々と、揺るぎない事実を告げるように言い切られた。 「だけど………」 「………お前、チェスの次の手が見つけられなくて時間稼ぎしてるんじゃないんだろうね?」 一瞬、言われた事が理解出来なくて頭の中が真っ白になった。 確かに暫くお互いの手は止まっているが―――― 「違うよ!もう。人が本気で心配しているのを茶化して!」 「分かってる。……でも、なるようにしかならないよ」 兄さんは僕が真っ赤になったのをおかしそうに笑って。でも、ふと遠くを見るような瞳をしてぽつりと呟いた。 「兄――― 」 軽いノックの音がして、扉が開く。見覚えがある研究天使が顔を覗かせた。 『―――― 、準備が出来ました』 「はい――― 結局お前が変な事言うから終わらなかったじゃないか。僕は暫く出来ないから勝負をつけておきたかったのに」 こつん。と兄さんが軽く僕の頭を小突いた。そしてベッドを降りて出口の方へ向かう。 「兄さんっっ!!」 その後ろ姿が突然霞んで見えて、僕は考える間もなく叫んでいた。 その切羽詰った声に少し驚いたように振り返った兄さんは、僕と目が合った後に口元に淡い笑みを浮かべる。 「帰ってきたら続きをやろう。ちゃんと次の手を考えておけよ」 扉が閉まる音がやけに大きく聞こえ、何故か取り残されたと強く感じた事を覚えている。 数日後、僕の所に戻って来たのは、片翼のフェイクの羽根だけだった―――。 ふ……と体が浮き上がるような感覚がして、僕は目を開けた。 『夢………か』 イライザに渡されたばかりで記憶が混乱しているせいだろうか。つい今しがた起こった出来事のようにリアルな感覚に、背筋が寒くなる。 もう、あんな思いはしたくない。 あの人に、あんな思いもさせたくない。 一度全てを無くした僕に、あの人を救えるだろうか。 軽く頭を振ってそんな感傷を振り払うと、僕は立ち上がり、歩き始めた。 僕の神の元へと。 |
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END
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双子の話。 色々考えてはいる(いた)のですが、なかなか形としてうまく表わす事が出来なかったりジレンマだったり一応オリジナル設定ですが説明足りなくてゴメンナサイです。 教団が双子を引き取った理由ですが、教団の象徴(というより、はっきり言うと信者勧誘の際のパフォーマンス)の一つとしての意味合いが強いです。 両方同時に意識を保っていられなくなった時点で、本来の意味での彼等の存在価値は無くなっている訳で、結果的に分離手術までした教団側にすれば、かなりの計画変更を余儀なくされたという事になります。 本来なら破棄すべき存在だった彼等は、そのまま教団のクローン再生技術他のサンプルになっているという事で捉えて頂ければと思います。 主人公がコリエルのメンバーになったのも、あくまでも二次的なものに過ぎない、という設定です。 02.11.28UP |
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