■ Who are you?




「じゃあ、僕は行ってくるからね……?」
 そう言って何故か心配そうに眉を寄せた弟に、安心させるように僕は笑いかける。
「お前は心配性だなあ。いつもの定期検診だろ?心配ないってば」
「や、そうじゃなくて。僕は兄さんが心配なんだけど……」

 僕?

「別にどこも問題無いよ?今回だって検診無いし」
 しかし、弟は何故か呆れたように頭を抱えた。
「……そうじゃなくて……あのね、兄さんは今の自分の立場分かってる?」

 立場?はて……そういえば何か言われたような……あぁ……

「……じ、自宅待機?」
「違うよ。謹慎だよ……あぁもう!だから1人にしとくのが不安なんだから!!」
 弟はこちらを睨み付けると、凄い剣幕でまくし立てる。
「僕が居ないのを良い事にまたその辺を無断で出歩くなって言ってるの!!兄さんってばどうして自分が謹慎くらったのか自覚無いの!?」
「あ、あはは〜〜」

 い、言い返せない。
 そうだった。この間ついうっかり見つかっちゃったんだっけ。

「あはは、じゃ無いよ!もう……自分に都合の悪い事はすぐ忘れるんだから」
 弟は諦めたように溜息をついた。
「いや、あの……済みません反省します」
 そう言って頭を下げる。とにかくこの場は下手に出て謝ってしまおう。
 いつもはおっとりしているくせに、弟は一度怒ると後引くから……こんな気まずい状態で離れたくないし。
 ひたすら低姿勢の僕に、弟は少し表情を緩めたようだった。
「まあ良いんだけどね。でも、ホント少しは自重してよ?」
「うん」
「……毎回返事はいいんだけどな〜〜」
 溜息をつきながら、心配性の弟は部屋を出ていった。




「でも、そう言われてもね……」
 不意に吹いてきた強い風に体を震わせる。どうやら思ったよりも外の気温は低いようだ。
 もう1枚着てくれば良かったかな、と思ったけど、戻るのも面倒なのでそのまま歩き出す。
 やっぱり、1人ってつまんないじゃない?
 謹慎っていっても、別に見張りがついている訳でもないから外に出るのは簡単だし、今度は見つからなければ良い訳だしさ。
 そう思って心の中で弟に手を合わせた。


 最近のお気に入りの場所である研究棟の橋の上に座って、周りの音を聞くともなしに聞いていると、向こうから幾人かの人が歩いてくるのが見えた。
 その中に、普通ならば絶対に見る事がありえない人物を見付けてぎょっとする。

 やっば……何だよ、上級天使の秘書まで居るじゃないか……

 急いで隠れようとした時、集団の真ん中に子供がいるのに気が付いた。
 どうやらその一団は、彼に教団の施設を案内しているようだったが……
 ちらりと見えた金の髪と紅い瞳に足が止まる。目が離せなくなる。

                      
 ――― 綺麗だなあ、まるでカナリヤみたいだ ―――

「君は、誰?」
 そして、気が付いた時には彼に話し掛けていた。
 どうやら向こうはこちらに気が付いていなかったらしい。驚いたように見開かれた稀有な色の瞳を見て、やっぱり綺麗だな、と思う。
 しかしそれに見惚れる暇もなく、いけすかない秘書が僕と彼の間に立ちはだかった。
「何故あなたがここにいるのです」
「ちょっと散歩。上級天使秘書の貴方が付き添っているという事は、その人は新しい上級天使になるのかな?」
 多分、それは決定事項なのだろう。でなければこの男が年端もいかない少年について歩く訳が無い。
「……あなたには関係の無い事です」
「まぁね……」
 ま、確かに色んな意味で僕に説明しても無駄だろうけどね。
「早く部屋に戻りなさい」
「は〜い……じゃあ、またね」
 お咎め無しとは珍しいと思いつつ、最後に彼のほうに一瞬視線を向けると、もの問いたげな顔が目に入る。
 自分の視線に『明日またここで』と力を込めて、秘書の気が変わらないうちにと、僕は急いでその場から逃げ出した。




 次の日、橋の上でぼんやりと風に吹かれていると、たよりなげな足取りでやってくる金の髪が目に入った。
 声を掛けて手を振ると、微かな笑みを見せて走ってくる。
「また、会えたね」
「うん……何となく、今日会える気がして……」
「うん、僕も」
 声が聞きたくて、僕のほうがちょっとズルしちゃったんだけどね。
 息を整えて、改めて僕の顔を見た彼が、一瞬戸惑ったような顔をした。
「それは、コリエル、の……服?」
 ああ、服の事ね。まあ、確かに昨日がアレで今日がコレじゃあびっくりするだろうなあ。
 まだ教団の内情とかにも詳しくなさそうだし。
「便宜上ね。別にコリエルって訳じゃないんだけど……いつもあんなカッコじゃいられないじゃない?やっぱり。でもこの服は結構気に入ってるんだけどね」
 似合う?とおどけて一回転してみせる。
「羽が……」
「僕は片方だけなんだ。もう片方は弟が持ってる」
「弟……?」
「双子なんだ、僕は」
「双子……」
 彼は驚いたように大きく目を見開いた。
「うん。そっくりだって言われるよ。今度連れて来るから会ってやってよ」
「…………うん。」
 何故か機械的に返事をしているような様子に、少し心配になってくる。
 アレ?まずいな。もしかして環境が変わって疲れてるのかな?僕も人の事言えないけど、何だか体力無さそうだしなあ。
「どうしたの、疲れてる?」
 心配になって顔を覗き込むと、彼は驚いた、というよりは反射的に半歩後ずさる。

 ――― あ、誰かに側に寄られるのが嫌いなんだ ―――

 自分が後ずさったのに気が付いたのだろう。彼は微かに顔をしかめた。
「ああ……ううん、違う。ちょっと、びっくりしただけ……」
「びっくり……?」
 別にそんなヘンな事は言ってないと思うけど……
「あ!ゴメン、うるさすぎた?もしかして」
「そんな事ない」
 慌てたように否定してくれるけど、思い当たる節はそれしかない。
「ホントごめん……いっつもあんまり人と話さないからさ……加減がわかんなくて」
 そういえば医療スタッフにも、畳み掛けるように話すのは止めたほうが良いって言われた事があったよなぁ……
 まして、彼はうるさいの苦手そうだし。
 少し自己嫌悪になって、欄干に寄りかかったまま黙っていると、言いにくそうに彼は口を開いた。
「それは……禁忌の子、だから?」

 ――― 何だか大げさな言葉だな。多分言ったのはあいつだろうけど……だから余計に態度がよそよそしい訳ね ―――

「あー……そんな風に紹介されちゃってる?参ったなあ、あの人も……」
「違う……のか?やっぱり」
 僕の答えを聞いてあからさまにほっとした表情をするのが、嬉しいような悲しいような……
「まあ、どうなのかなぁ……厳密に言うと、ヒトじゃないのかも知れないけどさ……」
「え?」
「半分以上、つくりものだから。僕の体」
 あんまり話したくない話ではあるけど、教団にいる限りはいつかはどこかで聞く話だろうし。背 鰭も尾鰭もつかないうちに、今直接話しておいたほうが多分いいんだろうな。


「それは、まるで人体実験じゃないか……」
 流石にショックを受けた表情の彼を見て、少し済まない気持ちになる。
「うーん……まあ、そうとも言うけど、僕達が今こうして生きているのも教団のおかげだからねぇ……仕方無い面もあるよね」
 他の人間に生殺与奪権を握られてるのは悔しいけど、僕達が教団の中でしか生きられないのもまた事実なのだから。
 それは確かな現実として認識しておかなければいけない。
「そんな……」
 何故か、彼のほうがとても痛そうな、傷ついた顔をした。
「君がそんな顔する事はないよ。……まあ、そんな胡散臭い紛い物は上級天使候補の側には寄り付けさせません!って事なんだろうね。……そう思うのも分かるよ」

 彼等が本当に必要としているのは、狂信者の集団を纏め上げる為の人形なのだから。
 今、教団の存在意義を考えさせるような無駄な知識は入れないにこした事はない。


 ――― 奴等の思い通りにはさせないけどね ―――


「どうして?」
 彼の微かな呟きが、思考の海に沈みかけた僕を現実に引き戻した。
「どうして紛い物なんて……だって、こんなに暖かいのに……」
 呆然と呟いて、彼は探り当てた僕の手を握り締める。
 突然の事に驚いてまじまじと顔を見つめたが、それにも彼は気付いていないようだった。
 慣れたようななめらかな動作で、僕の手の平を、自分の頬に触れさせる。
「何も、私と、変わらない……」
 真っ直ぐにこちらを見つめてくる、どこか浮いたような紅い瞳にどきり、とする。
 そのまま暫く無言で見詰め合うと、不意に彼の目が焦点を結び、驚いたように瞬きを繰り返した。
「あ……ごめ……」
 僕の手を握り締めているのにやっと気が付いたのだろう。慌てたように手を離す。

 びっくりした。
 僕達の事を知った上で、こんなにすんなりと受け入れてくれた人はいなかった。
 それも、他の人と変わらないって言ってくれるなんて……
 知らず口元が綻ぶ。
「ありがとう……初めてだ、そんな事言ってくれた人は」
 精一杯の感謝を込めて言った言葉に、こちらを見つめている白い顔が見る間に真っ赤になった。
 照れたように『別に』とか『そんなこと』とか口の中でぼそぼそ言っているのに、僕は思わず笑ってしまう。
 ばつの悪そうな顔をしている彼を宥めようとした所で、しかし感覚の端に何か引っ掛かってくるものがあった。タイミングの悪さに僕は溜息をつく。

 何だよもう……無粋だな。

「あー……もっと話したいのにそろそろ帰らないとまずいや……ゴメンねばたばたしちゃって」
「え……」
「人が来るから……ばれたら色々まずいでしょ?お互い」
 ホントは一番まずいのは僕だけど、彼も謹慎なんかになったら可愛そうだしね。
「また……会える?」

 会おうって、言ってくれるの?

「うん!絶対ね」



 初めて会った。僕達を認めてくれる人に。
 きっと一緒に居られる時間は短いけれど、僕は絶対にきみを裏切らないと誓うよ。

 ぼくという存在がある限り、ぼくは、君の味方だから。





END
『風花』の兄視点バージョンです。
にーさん一目惚れです。←コラ。

作中ちょっと出てきますが、うちの兄は『視線で人に暗示を与える』という特殊能力がありまする……あああ、遂にやっちゃったよ大嘘設定(大汗)。
暗示といっても結局は人心を思い通りに操る訳ですから、本人は滅多に使う事は無く、口外もしていないので、この事は弟も知りません。

秘密を貫き通して墓場まできっちり持って行った偉い人です。
03.06.08UP
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