最終回
VOL.50

信州に移住してからの数年間、タクシー運ちゃんで生計を立てながら人間ウォッチング。
カルチャーショックにおびえながらも 絵を描き始めるきっかけになった時代です。



【港のヨーコ】

 「運転手さんって言葉になまりがないみたいですね・・・」
 千曲川に手を触れてみたいという目的だけで横須賀からやってきたという不思議な女の子が、僕に尋ねた。
「ええ、引っ越して来たんです。私みたいに都会に住んでいた者は田舎にあこがれ、田舎に住んでいる人は都会にあこがれる。 だれもが自分にないものにあこがれるんです。 人間だけの本能かもしれないけど・・・不思議ですね」
詳しい事情は知らないけれど、この娘は父親の足跡をたどっているらしい。

「ところであそこに見える橋は・・・?」
「”もどり橋”っていいます」
「”もどり橋”? ・・・いい名前ですね、意味ありげで・・・」
 どちらからともなくたばこを取り出し、火をつけた。
「うまいですか?」
「はい、とてもおいしいです。気分が変わると・・・。 それに・・・、来たかいがありました」
 港のヨーコは、やっぱり片手にたばこをくゆらせたほうがさまになっていた。そして、僕にとってはこれがタクシー最後の仕事になりました。

さよなら・・・タクシー!




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