キスデビル・パニック


文:こいもさん  絵:どんき



このお話は、うちのボカロ設定…、特に「なきむし」・「がくぽくん」・「お風呂上り」を元に
こいもさんが書き下ろしてくれたカイメイSSです。
キス描写、カップリング要素があります。苦手な方はご注意下さい。



 
 
こっち見てよ、俺の方見てよ、別のとこ見ないでよ、俺はここにいるよ、ここにいるんだよ。


 
がくぽが家に来てからというもの、長兄の存在感はますます希薄になっている。
 
無限にナスが取れる摩訶不思議な長髪を携えて、あの似非サムライは我が家の長女に取り入った。メイコの考えていることなんか手に取るようにわかる。あの子の瞳が黄金色に輝いたのを見逃す俺じゃあない。メイコは実にしたたたかだ。
 
だけど、ちょっとばかり俺の扱いがぞんざいなんじゃあるまいか、と今日も今日とてデュエルの研究に余念のない弟の背中をつんつんと突いてみた。
 
「ねえねえレンくん、どう思う?」
「なにが」
「……めーちゃん、最近俺に冷たいよねー?」
「いつもそんなもんだろ」
 
レンは後ろを振り返ることなく、さらっと言ってのけた。その態度に少しだけムッとする。この間までは俺が散々デュエルの相手をしてきたというのに、あの紫のサムライがやってきてから、レンの態度もだいぶ冷たい。新しいデュエル相手に、少年の心はときめきっぱなしなのである。弱い俺なんかいらないとばかりに、最近ではこっちから誘っても一緒に遊んでくれない。
 
頬をぷくっとふくらませて、俺はレンの服の裾を引っ張った。
 
レンだけじゃないのだ。ミクだってリンだって、新しい家族の登場に諸手をあげて喜んでいる。ミクの収穫に着いていくのも、リンを肩車するのも、俺の役割だった。ふたりのかわいい妹を両脇に買い物に出かけるのも、俺の役目だった。俺の位置だった。兄たる俺の居場所だった。
 
(……なのに、どういうことですか!)
 
これはかなりの緊急事態である。「おにいちゃん」の立場が、まるっとするっと紫のサムライにかすめ取られてしまった。それだけではない。メイコの姿を捜し求めて家の中を彷徨えば、かなりの高確率で彼女の傍らに似非サムライの姿があるのだ。
 
仲睦まじく寄り添って、雑談なんかしてやがる。なんてことですか、どういうことですか、と壁に張り付きながらそれを凝視していると、時折ふたりは事もあろうに手を取りあった。
 
「どういう外装にしようかしら」「あなたの意見が聞きたい」「だってあなたと作る夢の城だもの」などというメイコの真剣な声が聞こえたときには、俺の意識は遥か遠くに旅立っていた。
 
なに、ゆめのしろ? 家? だれとだれの?
 
目を凝らしたところで、俺が好いてやまない我が家の長女の隣には、自分ではなく紫のサムライが鎮座していた。ああフェードアウト。これはよもや致し方のない現実だった。
 
ボーカロイドでも魂は抜けるものなのだと、嫌な経験を何度か繰り返したところで、俺は悟ったのである。
 
「めーちゃんなんか、俺がいなくなって困ればいいんだ」
 
はい? とレンが素っ頓狂な声を出して、後ろを振り返った。あれだけ話しかけてもカードから手を離さなかった弟も、俺の不穏な発言を聞き流すことができなかったのだろう。むっつりと顔を歪めた俺を訝しげに見つめながら、レンは「どういうことだよ」と言い捨てた。
 
ふん、と明後日の方向を向いて、俺は反旗を翻す。
 
「レンもミクもリンも俺に全然構ってくんないけど、めーちゃんがいちばんひどい。一緒に買い物行こって誘っても嫌だって言うし、寂しいから一緒に寝てって言っても寝てくんないし、一緒にお風呂に入ろうとしたらタワシが飛んでくるし」
「いやいやいやいや、なんか同情誘ってんのか知らねえけど、最後のふたつは普通に間違ってるから!」
「なんで?」
「……なんでって、そりゃおま……ダメだろ」
「だめじゃないよー!」
 
だってメイコと俺はずっと一緒だったんだ、と反論すれば、レンは複雑な顔で黙り込んだ。何をどう言えばいいのかわからない、というような表情で、口元に手を添えている。
 
大体、メイコのディフェンスに勤しんでいた頃はもっといろんなことが許されていた気がする。逆に羞恥のかけらもない長女をたしなめたことだって少なくない。めーちゃんお風呂上りにそんなことしちゃだめだよ、女の子がそんな姿でいちゃだめだよ―――そういった一切に、メイコは「いいじゃない、きょうだいだもの」とカラカラ笑っていたものだった。
 
けれどいつの間にか、俺のディフェンスの役割は終わりを迎え、それをレンが完全に引き継ぐことのないまま、メイコはちゃんと服を着て風呂から上がってくるようになった。ちょうど紫のサムライがやってきた頃だ。そう考えると、ふつふつと怒りが煮えくり返る。
 
俺はいろんなものを、あの似非サムライに搾取されているのだ。
 
俺の反芻が終わりを迎える頃、黙っていたレンが「あーうー」と意味のない母音を伸ばしながら、口を開いた。
 
「あのさーおまえの言いたいことも、まあわからなくもないけどさー」
「ふん。レンくんだって敵だかんね」
「拗ねるなよ! おまえ一応長男だろ! 年長だろ!」
「知りませんー。俺はおにいちゃんの位置を奪われた、ただの青いボーカロイドですー。だから、思い知らせてやるんだ。俺がいなくなったらどんなに困るか、俺がいなくなったらどんなに辛いか、悲しいか」
 
めーちゃんに思い知らせてやるんだ、と繰り返すと、レンはこめかみをぴくぴく上下させた。
 
「……ほっんと大人気ないな……」
「めーちゃんがさ、俺が傍を離れたらさ、さみしいって泣いてさ、やだやだって言ってくれるならさ、俺だって許してあげようと思うよ?」
「……いやいや、そういう問題じゃなくてだな」
「だから俺は考えた。三日三晩寝ずに考えたんですよ」
 
―――めーちゃんをゆさぶる方法。
 
ぴんっとひとさし指を立てながら、俺は小首を傾げてみせた。目の前のレンがさっと目を反らしたのを無視して、その小さな頭をぐっと両手でつかむ。無理やり自分の方を向かせて、にぃっと笑みを深くした。レンの瞳の中が淀んでいくのがわかる。
 
「あのさ、めーちゃんをとことん悔しがらせようと思うんだよ」
「……どうでもいいけど俺を道連れにするのはやめてくれよ?」
「俺はめーちゃんのことなんか、ぜっんぜん好きじゃないんだよーってアピールをしようと思うんだよ」
「……おい手ぇ離せよ、ちょっと待て、その先を聞くなと俺の中で赤信号が点滅してるから!」
「いつも一緒にいた俺が、そういうことしたら、めーちゃんもちょっとはしょぼんとするよね? ね?」
「しないと思う! メイコ姉は強いから!」
「違うね、するね。だってめーちゃん、女の子だもん」
 
レンの頭をつかんだまま、俺は自分で考えた策を反芻した。素晴らしい。ここまで完璧な作戦もそうないだろう。
 
そして、極上の笑顔を浮かべて言う。
 
「めーちゃんの前で、レンたちとちゅうすることにした」
 
レンとリンとミクと、次々にくちびるを重ねれば、ひとり仲間はずれにされたメイコは相当悔しがるに違いない。なんで私とはしないの、ってむくれるに違いない。そこで「俺、めーちゃんとはしないよ」なんてスマートに立ち振る舞って、踵を返して彼女の前を去るのだ。
 
(―――完璧だ!)
 
そしたら、さみしんぼになっているメイコは絶対に俺の後を追うだろう。背中にしがみついて、やだやだと首を振って泣くだろう。そこで長兄としての威厳を見せ付けるのだ。ふにゃふにゃしてばかりじゃないんだぞ、俺は怒ったら本当に怖いんだぞ、ということを知らしめる必要がある。
 
ごめんなさい、をメイコが告げたなら、許してあげよう。メイコにもいっぱいキスを落としてあげよう。そして、ぎゅうぎゅうに抱きついて「めーちゃんがいちばんだよ」って言ってあげるのだ。
 
「どう? この完璧なプラン!」
「とりあえずいっぺん死んで来い」
 
レンは気持ちのよい笑顔で、俺に頭突きをかましてくれた。

 
まだ頭がひりひりする。てのひらで何度もさすりながら、俺は嫌がるレンを引きずってリビングまでやってきた。
 
弟に頭突きをひとつかまされたぐらいでダウンしていては、長兄の威厳は保てない。俺は力にまかせて、レンの首ねっこをつかみながら鼻歌をハミングした。
 
「あらカイト」
「おにーちゃんとレンくん、なにやってんのー?」
「電車ごっこ? リンもやりたーいっ」
 
白いリボンを携えた末の妹がいち早く飛び出してきた。俺のコートに飛びかかる勢いで抱きつき、混ぜて混ぜてーと高らかな声で俺を見上げてくる。ああかわいい。久々のスキンシップに、胸からじわりと熱いものがこみ上げて来る。
 
涙を我慢しながら鼻をすすり、俺はリンの頭に手を置いた。
 
「リンちゃんは仲間はずれになんかしないからね」
「?」
「おいっ! バカイト! リンにまでんなことしたらてめえぶっ潰すかんなっ」
「大丈夫だよーレンくんにもちゃーんとしてあげるから」
「全力で断る!!!!!」
 
レンとリンをまとめてぎゅっと抱きしめると、レンはこの世の終わりのような声で喚き散らし、リンは無垢な笑顔できゃっきゃと喜んだ。この胸の中に簡単に収まってしまう双子のコンパクトさが、余計に愛着を深める。
 
かわいい、かわいい、本当にかわいい。
 
メイコをこらしめるためとは言えども、これはかなりの役得なんじゃないかと、三日三晩寝ないで考えた策を自画自賛した。こんなかわいい生き物とキスができるなんて。しかもそれでメイコをさみしがらせることができるという、二度おいしいチャンスとはまさにこのことだ。
 
「なにやってんの、あんた」
 
ソファでせんべいをかじりながら、メイコが不思議そうにこちらを見ている。にやりと思わず口元に笑みが浮かんだ。そんなふうに冷静でいられるのは今の内だけなんだからね、と心の中で忠告をひとつ。
 
そして俺は、双子に向かってにっこりと微笑んだ。
 
「レンくん、だーいすき」
「やめっ やめろ! やめろやめろ、やめてくれええええええ!!!」
「んー」
ちゅ、と音を立ててその薄いくちびるに触れると、レンはかくんと首を折ってそのまま動かなくなった。失神するほど嬉しかったのか、と思うと、いくらお芝居といえども胸がほっこりと温かくなった。よし、今度はメイコの見てないところでめいっぱいしてあげよう、と心に刻む。
 
そして動かなくなったレンを不思議そうに見やり、リンは首を傾げた。愛らしいその姿を視界におさめながら、俺はリンのおでこに軽いキスをひとつ落とす。
 
「わっ」
「リンちゃんもかわいいなぁ」
「カイト兄?」
「だいすきだよ、リン」
 
ちゅ、とレンの時と同じように柔らかなそのくちびるに自分のそれを触れさせると、リンは大きく目を見開いて固まった。けれどすぐに花のような笑顔をほころばせ、ぎゅうっと俺にしがみついてくる。
 
「リンもカイト兄すきー!」
「ですよねー!」
 
ああこれぞ至福の瞬間。ここ最近、紫のサムライに搾取されていた俺の本来の時間が戻ってくる。久しぶりに抱きしめた小さな妹の身体は、ひどくあたたかく、そして柔らかかった。俺の天使―――ああもちろん失神している片割れだって天使だとも。
 
すると、さっきまでバリバリと聞こえていたせんべいを咀嚼する音が消えた。さてはめーちゃんめ、嫉妬しているな、と高揚が抑えきれずにそっと顔を上げてソファの向こうを見やる。
 
すると、メイコは優雅にお茶をすすっていた。
 
(ん? んんん? あれぇ?)
 
特段慌てた様子もなく、ふうふうとお茶に息を吹きかけながら、メイコは何の変化も見せずに午後三時のひとときを過ごしていた。少しばかり気が抜けてしまう。
 
しかし、双子相手のコミュニケーションは普段からこういったじゃれあいが多かった。それならばメイコがそこまで慌てないことにも納得がいく。久しぶりに双子とじゃれるから少しばかりストッパーが外れているのだろう、と解釈したに違いない。
 
それならば、と俺はリンから腕を離して、同じくソファに座ってクッキーをもそもそと食べているミクのもとへ向かった。ソファの背もたれに手をかけ、横から「みーっく」となるべく甘ったるい声で妹の名を呼んだ。
 
「なーに、おにいちゃん?」
「俺ね、レンもリンも好きだけど、ミクもすっごい好きだよ」
「ミクもおにいちゃん好きだよ!」
「うん。だからね、おにいちゃん、ミクとちゅうしたいな」
 
そして、ミクの返答を待つ前に、俺はミクの顔をぐいっとつかんで、そのまま横からキスを仕掛けた。ちゅ、と軽やかな音がすると、俺はなんとも言えないあまやかな気分で満たされて、思わず頬が緩んでしまう。
 
「えへへーミク、だーいすき」
「……今日のおにいちゃん、キス魔だねえ」
「好きだとしたくなっちゃうものなんだよ。だって親愛の証だもんね」
 
これでどうだ、と言わんばかりに、俺は真正面に座るメイコの表情を盗み見た。そして愕然とする。
 
「え、……ええぇ?」
 
思わず、なんで、どうして、という疑問符が漏れてしまいそうなほど、メイコはまったくの無表情でせんべいをかじっていた。見ていないのならまだ話はわかる。けれどメイコの視線は、ちゃんと俺とミクのキスシーンを捉えていたのだ。
 
(どういうこと? ここでめーちゃんが悔しがるはずなのに……)
 
何度だって妄想したメイコの反応の十分の一すら返ってこない。おかしい。一体どういうことだ。なんで私とはしないの、どうして、という涙声がむなしく俺の頭の中をリフレインする。
 
「あの、めー……ちゃ?」
「なによ」
 
俺の問いかけに、メイコはさして興味がないと言わんばかりの反応で茶をすすった。ミクの視線がそんな俺とメイコの間を何度か往復する。そしてなにかを悟ったかのように、ソファから立ち上がり、リンに「お部屋行って遊ぼ」と声をかけた。
 
「えーなんでー? せっかく久々にカイト兄と遊べるのに」
「おにいちゃんはおねえちゃんと遊びたいんだって。私たちはナスさんと一緒にお馬さんごっこしよう」
「するする!」
 
一瞬にして花のように可憐な妹たちが、あの憎き似非サムライに奪われてしまった。お馬さんごっこなら、おにいちゃんが一緒にやってあげるから、と申し出たかったが、当初の目的を思い出して口をつぐんだ。
 
ミクは失神したままのレンを引きずって、リンとリビングを後にした。急に訪れたしんと静まり返る空間に、俺は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
 
「……めーちゃんは、慌てたりしないの?」
 
時間差でさみしんぼになったりしないのだろうか。そういった期待を込めて、続けた。
 
「俺は、好きだと、キスしたくなるよ。だから、レンともリンともミクともしたよ。見てたよね?」
「そうねぇ、阿呆なくらいにっこにこしながらしてたわね」
「でもっ! め、めーちゃんとは、し、しないんだからね!」
 
言ってやった。ついに言ってやったぞ、と俺は妙な達成感に襲われた。どうだ、ついに言ってやった。親愛の証のキスを、俺はキミにだけしないんだよって。キミだけ、仲間はずれなんだよって。悔しくないの、さみしくないの、悲しくないの?
 
私ばっかり、なんでしてくれないのって、言わないの?
 
けれど、俺の期待はメイコのそっけない反応により、粉々に打ち砕かれた。
 
「別にぃ」
 
あれほど考えに考えた計画が降り立つ結果は、こんなにさみしい場所だっただろうか。三日三晩寝ずに想像したのだ。どうしたらメイコの関心が俺に戻るんだろう、構ってもらえるのだろう、あの紫のサムライから取り戻せるのだろう。
 
(……めーちゃんのとなりは、俺なのに)
 
俺なのに、俺じゃなきゃだめなのに。なんであんな紫のヤツを置くの、なんで俺じゃないの、こそこそ話して、俺だけ仲間はずれで、ふたりで家建ててなにするの。引っ越すの? 俺を置いてふたりだけでどっか行っちゃうの?
 
「……そ、んなの、ヤだ」
 
ぼろっと熱いものが頬を伝い落ちていることに気付いたのは、メイコの表情がわずかに変化した後だった。絶えずにぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。自分では止めることもできなくて、俺は情けなくも裾でぐいぐいと顔をぬぐった。
 
情けない、恥ずかしい。自分から罠を仕掛けておいて、どうしてメイコじゃなく俺が泣く羽目になるのだ。
 
それでも涙は俺の言うことを聞かずに流れ続ける。挙句の果てにはしゃくりあげて、やだやだとまるで駄々っ子のようにソファの背もたれをこぼれ落ちる涙で濡らした。
 
「めー……ちゃ、なんで、おれ、やだ。がくぽ、ばっかりっ なんで、一緒、いるの……っ?」
「かーいと? ちょっともうやだ、なにいきなり泣いてるのよ」
「おれの居場所、なくなっちゃ……!」
 
メイコがソファから立ち上がり、俺の手を取るまでそう時間はかからなかった。ぎゅうっと両手を握り締められて、俺は鼻水をすする。またたきをすると、ぱたぱたっとメイコの手の甲に涙がしたたり落ちた。
 
「ね、いきなりどうしたの。さっきまであんなにニコニコしてたのに。情緒不安定よ、あんた」
 
涙で濡れた前髪をメイコの手でかきあげられる。そのまま指で涙をすくわれて、その動作の優しさにまた泣きたくなった。もうわけがわからない。崩壊した涙腺をそのままに、俺は胸につかえていた様々なことを吐き出した。
 
「めーちゃ……っ! 最近、あいつ、ばっかりっ」
「ん? がくぽくんのこと?」
「おれに、ぜんぜんっ構ってくんないし……!」
「あー……ああ、わかったわ、なんとなく理解した」
 
メイコは苦笑を浮かべながらソファに乗り上げると、そのまま俺の首に自分の腕を回した。そしてトントンと穏やかなリズムで、背中を叩く。
 
久しぶりに触れたメイコの身体は、双子のそれよりミクのそれより、どうしたってあまやかで愛おしくて、泣きたくなる衝動を止められない。
 
「さみしかったのか、オニーチャン」
「……っ! だってっ」
「そうねえ、私も開店作業に力を入れすぎてたからね。がくぽくんとばっかり会議しちゃって、あんたが寂しがってるのに気付かなかったわ」
「か、いてん、さぎょ……?」
「ん? ああ、がくぽくんの髪から無限に生えるナスをね、やっぱり有効活用しなくちゃと思って。だって仕入れ値ゼロ、経費ゼロよ? これを逃す手はないじゃない!」
 
メイコはキラキラした瞳で、そう語った。
 
そして合点する。ふたりがこっそり顔を突き合わせて、なにやら秘め事に勤しんでいたあの時間―――あれはメイコの言う「店」の計画だったのだ。夢の城、という単語を思い出す。なにもないところから利益だけを生む店、確かに「夢の城」だ。
 
(そ、ゆ、こと……か)
 
なあんだ、なーんだ、と俺の中のモヤモヤしたものがすっと影を潜める。すべて消えうせるわけではなかったが、それでもメイコが抱きしめてくれているという事実が俺を少しばかりの安堵で満たした。
 
けれど、結局メイコは俺がだれとキスしようとも、悔しがったりはしないのだ。謎がひとつ解けたところで、その事実は変わらない。あれだけ目の前で見せ付けるようにして口づけても、メイコは一切取り乱すことはなかった。
 
それを思い返すと、ちくり、とどこかが痛む。
 
「……めーちゃんはさ、いいの?」
「なにが?」
 
あっけらかんとして聞いてくるものだから、俺は彼女に抱きしめられたまま、その手の行き場を決められずにいた。けれど、幾度か彷徨わせた挙句、俺は安堵を与える彼女の体温を自分から引き離す。
 
ふたりの距離がゼロでなくなり、そして俺はメイコの顔を真正面から見つめて口を開いた。
 
「……俺が、他の子と、キスしてても、いいの?」
 
メイコがそのままの表情で固まる。また「別に」というようなそっけない返事が返ってくるのだろうか。そしてまた泣きたくなるのだろうか。誤解がひとつ解けたくらいで、俺の中の懸念材料がゼロになるわけではない。
 
メイコにとって俺はその程度の存在だったのだと、彼女の口からとどめを差されたら、もう立ち直れないと思った。俺たちは生まれてインストールされてから、ずっとずっと一緒にいた。
 
そんなメイコが俺の想いに気付かないはずがないのだ。いちばん近くにいて、そしてそれを隠そうともしなかった俺のだだ漏れな気持ちに、気付いていないはずがないのだ。
 
(……すきだよ、なんて、今更だ)
 
あんまりにも一緒にいすぎて、俺はそれを口にできなくなった。なんだか軽い気がして、弟妹たちに向けるものと一緒くたにされてしまいそうな気がして、言えなくなった。違うよ、そうじゃないんだよ、双子やミクに向けるものとは、違った色の「すき」なんだよ―――その代わりに、俺はこうして彼女に問いかける。
 
他の子と、キスしてても、いいの?
 
それでイエスと頷くのなら、俺は今更、彼女の弟になる練習をしなければならない。
ボーカロイドの耳が拾えない音などあるはずがないと、俺はメイコの表情の変化を見ているのが嫌で顔を伏せた。
 
突きつけられるのが酷な審判ならば、ダメージは耳からだけで十分だ。
 
そしてしばらくの後、メイコはぽつりと漏らした。
 
「―――家族が相手だと、答えに困るわ」
 
しどろもどろな言い方に、俺は思わず顔を上げる。メイコは視線をあちこちに彷徨わせながら、落ち着かない様子で身体を揺らした。
 
「……別に、カイトがミクたちと、キスしようが、私は気にならないもの。だってアレは、親愛の証、なんでしょ? くっついてすぐに離れて、まるで握手とかハグみたいな、そんなかんじがするから」
 
―――別にヘーキ、だし。
 
メイコはそう言い切ったが、すぐに「だけど」と続けた。
 
「家族だから、いいの。ミクもリンもレンも、私たちの大事な家族だから、カイトがそうやって触れてても……別に構わないし、ヤな気分になんてならない。でも、他のヒトは―――」
「ほ、かのひと……は?」
 
喉がからからに渇いていく。粘膜同士が貼り付いて痛い。これ以上ないほどに神経が高ぶっている。メイコのすべてに集中している。衣擦れで肌がぴりぴりと刺激を受ける。敏感になっている。俺を構成するすべてのものが、いちばん柔い状態で、彼女の答えを待ち望んでいる。
 
そして、メイコはわずかに顔を赤らめて、そして視線を俺から反らしながら―――言った。
 
「ヤ、だ」
 
他のヒトと、カイトがキスするのは、ヤだ。
 
その瞬間、彼女のくちびるに触れたのは、俺の今までに蓄積された衝動だった。

 
「あっ! ちゅーした!」
「リンちゃんにはまだ早いですう」
「やー! ミクちゃん手ぇ離してよ! リンもカイト兄とメイコ姉のちゅうみたいー!」
「……レン殿、私も目の前が見えぬのだが……」
「おまえはいろんな意味でなんかダメそうだから、禁止」
 
はい、ごちそうさま。
 



2008.12.29.


お話に忠実じゃなくて申し訳ないです…(ノ∀`)






もういっちょ!


2009.03.30.


こんな素敵なお話を書き下ろしてくださったこいもさんに敬礼!!!

まじだいすきです!!!!!