ここでは未発表の小作品を紹介しています。
小さな小さなお話です。

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──おはなし──

2023年・前半のおはなし                    「ジプシーピアニスト」

私は、世界中を旅するピアニスト。こんな私を人は「ジプシーピアニスト」と呼ぶ。

しかし、不思議なものだ。何故なら、本当の私は、ピアノが弾けない、と、いうより、全く音楽を知らないのだ。

ふふっ、私がピアノの前に立つと、私の指からは、誰もが聞き入ってしまうほどのメロディーを奏でているというのに。

本当の私の事など誰も知らないのだ。私は流されるままに生きる事に決めたのだ。

私の指は、ピアノを求めてさ迷い続け、私は指に導かれピアノの前に立つ。ピアノを弾けば金が入る。

この先、どうなるかなんて、全く見当もつかないのさ。ただ私は指のおもむくままに行くのさ。

私は本当は、画家になるはずだった。ところがある日、交通事故に遭い、私は両手を失ってしまった。

悲しみにくれた両親は、同じ時刻に私と同じように事故でなくなった少年の手を移植してほしいとドクターに頼んだのだ。

性別、年、格好もほぼ私と同じ。少年の両親も移植に同意し、私の手は亡くなった少年の手と共に人生を歩む事になったのだ。

そうして、もう60数年、私は少年の手が記憶している音楽と共に生き続けている。

私の意志とは全く無関係にね。

年老いた私の体には、もう旅することが、だんだんと億劫になって来ているんだが、私の手がそれを許さない。

今日も、新たな町を見つけるために、旅立つのさ。

ジプシーピアニストか・・・・・・

世間の人達は、実にうまく呼んだものだ。

本当に不思議なことだ。お陰で私は二度と絵を描くことは出来なくなってしまったがね。

君の町へ伺った時は、私のメロディーを是非聴いてもらいたいものだ。

                            おしまい