アルバムレビュータイトル
* アーティスト名:フランク・ザッパ。(最終更新日:2009年6月1日)
マザーズ・オブ・インヴェンション(この時点ではザッパもメンバーの1人として内包されているが、
やがてザッパのバック・バンドという扱いになる)の記念すべきデビュー・アルバム。
ロック史上初の2枚組みかつロック史上初のコンセプト・アルバム(ということになっている)。
一番有名な作品なので最初にこれを聴いて「?」と思ってしまう人は多い。
いろんな意味で強烈すぎる曲があったりして、判断に困ってしまうためではないかと思われる。
1960年代中盤〜後半の変態サイケ・ポップが好きで耐性のある人なら問題なく聴けるが、
いわゆるロックロックした音楽が聴きたい人は後述する別の作品から入ると良い。
代表曲は「Who Are The Brain Police?」(頭脳警察のバンド名の由来)、
「Trouble Every Day」(長くライヴのレパートリーになる、本作では一番カッコいい曲。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンあたりにカヴァーしてほしかった)など。
「Wowie Zowie」「Any Way the Wind Blows」など聴きやすい曲も少なくないが、
後半に収録されている「Help, I'm a Rock」〜「It Can't Happen Here」の流れからどんどん基地外めいてゆき、
最後の「The Return of the Son of Monster Magnet (Unfinished Ballet in Two Tableaux)」に至って何かもうとんでもないことになる。
A面が<組曲 No.1:「アブソリュートリー・フリー」(アンダーグラウンド・オラトリオ、その1)>、
B面が<組曲 No.2:「MOIアメリカン・ペイジェント」(アンダーグラウンド・オラトリオ、その2)>と、これまたコンセプト・アルバム。
ただしCDでは間にシングル曲「Big Leg Emma / Why Don'tcha Do Me Right?」が挿入されている。
前作で莫大な費用がかかったため(それだけの価値はあると判断したプロデューサーのトム・ウィルソンによる英断)、制作費を大幅にカットされながら作った。
ザッパはその音楽人生を通じてアメリカの政治・社会の愚劣さや低俗さを痛烈に風刺しつづけたが、本作にはその批判精神が特に強く現れている。
(その分日本人には理解しづらい面があるのも確かだが)
楽曲は前作の路線を押し進め、基地外ポップと実験音楽のシチューみたいな感じ。多彩な曲がほとんどメドレーで畳み掛けてくるので、意外と飽きない。
初期の代表曲の1つ「Brown Shoes Don't Make It」を除くと有名曲は少ないが、
個々の完成度は決して低くないので、前作『Freak Out!』よりだいぶ聴きやすいと個人的には思う。
疾走感のある「Plastic People」「Call Any Vegetable」「Son of Suzy Creamcheese」、メロディーの美しい「The Duke of Prunes」などが佳曲。
中でも一番のお勧めは「Invocation & Ritual Dance of the Young Pumpkin」。
7分のインスト曲だが、ぶっ壊れたメリーゴーランドが泣き叫ぶ子どもを跳ね飛ばしながら、
ありえないスピードで高速回転している絵を想像してもらうと分かりやすいだろう。そんな曲。
初期の作品では最も論議を呼んだ問題作。っていうかまずオリジナルのジャケットを見てくれ。
いくら何でもこれはヤバいとレコード会社が判断したためスリーヴの表と裏を差し替えられた。
他にもレコード会社の下した「賢明」な判断があって、歌詞がアレだということで検閲を受けた。
ザッパ自身は発売後しばらくしてから聴き直して始めて、何箇所か削られているのに気づいたそうだ。
その上最初のCD化の際にはリズムトラックを当時のメンバーで差し替えて思いっきりリミックスしたり、
再発(1993年承認マスター、後述)で元に戻したりと厄介な経緯のある作品だが、ここでは省略。
音楽に関して大雑葉に言うと、ここまでの流れの集大成的な感じ。「初期3部作」ってところか。
政治・社会だけでなく当時のラヴ&ピースなカウンターカルチャーをも徹底的に茶化してる。(ジャケットを見ても明らかだけど)
もはやおなじみの変態ポップや前衛的実験音楽に加え、
オーケストラやらドゥーワップやら、何でもかんでも詰め込んだ豊かな色彩感と、初期作品で一番シニカルな内容が特色。
「Let's Make The Water Turn Black」みたいなキャッチーな曲もある。(けど歌詞は基地外)
最大の聞き物はこれまた6分半に及ぶ最後のインスト曲「クロム・メッキの運命のメガホン(The Chrome Plated Megaphone Of Destiny)」。
エドガー・ヴァレーズの影響下に書かれた前衛的な曲で、ザッパ自身による注意書きがある。
「フランツ・カフカの『流刑地にて』を読むこと。読了する前にこの曲を聴かないこと。(中略)
 この作品を聴き終えたときには、あなたの罪名が、あなたの背中に刻み付けられていることだろう。」
AB面それぞれに「ランピー・グレイヴィ パート1」「ランピー・グレイヴィ パート2」という15分の曲が1つずつ収録されているが、
具体的には1〜2分の小曲×十数曲ずつのコラージュ。それぞれの小曲のインデックスは下記のサイトなどを参照。
もともとザッパは別のレーベル(キャピトル)からの依頼で前衛オーケストラ作品のつもりで制作した。
MGMと契約したマザーズという名義ではなくソロ名義にすれば問題ないだろうと考えたようだが、訴訟に発展し計画がポシャったので、
バンドで録音した素材やメンバー同士の馬鹿話などを録音して溜めていたテープからの会話(ザッパにはとりあえず何でも録音しておくという性癖がある)
その他を混ぜ合わせてミュジーク・コンクレート的な全く別の作品に仕上げたという変な経緯をもつアルバムだが、
ともあれザッパ初のソロ・アルバムであり、スタジオ編集の鬼としてのザッパを完成させた作品。
(ちなみに訴訟直前のごく一時期のみ発売された4トラックカセット版は激レア・アイテム。)
断片をつなぎ合わせた作品なので曲の印象を伝えるのは難しいが……
これを聴くのはザッパの他の音楽に慣れてからにした方がいいような気がする。
後述する作品で重要な位置を占める代表曲「Oh No」や「King Kong」の原型が含まれているので、
あとでこっちを聴き直して「おお、こんなところに」とかいった発見をするとちょっと嬉しいかも。
なおこのアルバムの裏ジャケでザッパは吹き出しを浮かべながら「Is this phase 2 of We're Only in It for the Money?」と語っていて、
「マニー」のジャケ写(差し替えられた方)では「Is this phase one of Lumpy Gravy?」という吹き出しを浮かべていることからも分かるとおり、
前作「マニー」と共通するモチーフも随所に用いられているので、この両者の聴き比べも必須。
1968年に出した3枚目のアルバム。珍作・奇作・問題作の多いザッパだが、これは奇作に入るのかな。
マザーズが「ルーベン&ザ・ジェッツ」なる架空のバンド名を名乗って、全編にわたって1950年代風のドゥーワップをひたすら演奏しているのだが、
本気なのか茶化しているのかよく分からんのだ。
マザーズの曲は卑猥だとか何とかでDJに嫌われてラジオではほとんどオンエアされなかったが、このアルバムの曲は結構オンエアされたそうだ。
ジャケットに小っっさい字で書かれた「これはマザーズがラジオでかけてもらえるように別名義で出した作品です」っていう
但し書きに気づかなかったDJが新人バンドと勘違いしたわけで、後で気付いてから「ドゥーワップを侮辱した」とかいって怒ったとか。
でもザッパはもともとドゥーワップ好きでこれまでの作品にも取り入れてるし、このアルバムでやってる曲も出来はよい。
でも……どう考えてもザッパの本分じゃないだろこれは。
これまでのアルバムでやった曲(「How Could I Be Such A Fool」「I'm Not Satisfied」「You Didn't Try To Call Me」「Anyway The Wind Blows」)の
ドゥーワップ・ヴァージョンなんかもやってるので聴き比べてみようと思ったときを除いて、正直CDを手に取った記憶がない。
ちなみに後年ルーベン・ゲヴァラなる男が自分のバンド名に「ルーベン&ザ・ジェッツ」って付けてもいいかザッパに尋ねたところ、
ザッパは許可を与えただけでなくプロデュースを買って出た。
マザーズのベスト盤。11曲中5曲がオリジナルとは別ミックスなのでファンなら必携。
……なのだが、ザッパのオフィシャル作品で唯一の未CD化アルバムゆえ俺は聴いたことがない。
っていうか大半のザッパファンが実物を見たことすらない。需要はあるのに何でだ?
同名の映画のサントラだが、映画は資金難で20年近く完成が遅れ、このアルバムだけが先に出た。
この作品もロックやブルースだけでなくジャズやドゥーワップや現代音楽などが混ぜ合わされており、
ザッパのもつ様々な音楽要素が詰め込まれた、極めて重要な作品といって間違いない。
LP、CDともに2枚組みだが、LPのA〜C面がCD1、LPのD面+ボーナストラックがCD2と、曲目・配置が異なる。
CD1は名曲多数。
「Uncle Meat」(メインテーマとヴァリエーション)「Nine Types Of Industrial Pollution」「Dog Breath」(とそのヴァリエーション)
「Prelude To King Kong」「A Pound For A Brown」「Ian Underwood Whips It Out」
(「King Kong」中のサックス・ソロ。イアン・アンダーウッドはマルチ奏者で、この時期のザッパの右腕とも言うべき有能な音楽家)
「Mr. Green Genes」「Project X」「Cruising For Burgers」など聴き所満載で、この後ツアーで繰り返し演奏される曲も多く含まれる。
かのロイヤル・アルバート・ホールのオルガンで「Louie Louie」が奏でられた歴史的瞬間も見逃せない。
問題はCD2だ。
上述の通りCD化に際してボートラが3曲ついたが、うち2曲は映画の中の会話をそのままダラダラと垂れ流して入れただけのもので、
これを合計40分聴くのはなかなか精神的に疲れるものがある。
もう1曲の「テンゴ・ナ・ミンキア・タンタ」はCD化当時(1987年)の新曲なので全く場違いなもの。
これらの追加曲がなければCD1枚に収まったはずなので、「ボーナス」ではなく「ペナルティ・トラック」ではないかとも揶揄されている。
が、しかし! その後に入っているのが最重要曲「King Kong」だ!
6つのパートに分けられており、パート6のみ別日のライブ演奏。CD1の「Prelude To King Kong」はこの曲のメインテーマのヴァリエーション。
全部あわせて15分くらいのインストだけど、もう圧巻としか言いようがない。
別日のスタジオ・ライヴの映像があるので(アルバム・ヴァージョンの方がクオリティは高いが)、とりあえず聴いてみてくれ。
はい出ました超名盤! 今からザッパを聴こうと思ってる人はこれを最初の1枚にしてもよいでしょう。
1曲を除きすべてインスト。オリジナル・マザーズ解散直後のソロ第2作で、
この少し前には旧友キャプテン・ビーフハートの超絶的怪作『Trout Mask Replica』のプロデュースなんかもやってる。
本国のチャートではビルボード173位と振るわなかったがイギリスで人気になり、メロディ・メイカー誌の人気投票で「Album of the Year」第1位を獲得した。
本作のキーボードと管楽器はすべてイアン・アンダーウッドが1人で多重録音しているというのが凄い。
まず1曲目の「Peaches en Regalia」からしてジャズ・ロックの金字塔とも言うべき超名曲。
変テコでポップでフリーキーでしかも威厳を感じさせる代表曲中の代表曲。とにかく聴いて。
2曲目「Willie the Pimp」は唯一のヴォーカル入りで、歌っているのはキャプテン・ビーフハート。
これが強烈。マイクを壊したりガラスを割ったりできる声量をもつ牛心隊長が吼えたて、
シュガーケイン・ハリスのヴァイオリンがギロギロいいながら跳ね回り、ザッパのギターがそれを締める。
3曲目「Son Of Mr. Green Genes」は『Uncle Meat』に出てきた「Mr. Green Genes」の改作だが、
別物のように勢いを増しながら演奏時間も3倍(9分)に。ザッパのギターソロはこの曲のが最高かな。
17分(LP13分)に及ぶ5曲目「The Gumbo Variations」もハリスのヴァイオリンとイアンのサックスが熱い。
いわゆるジャズ・ロック風の曲が多いのでそっち系とかプログレとか好きな人は必聴、
普通のロックが好きな人にも自信を持ってお勧めできる問答無用の名作です。
大傑作『Hot Rats』の次に置かれたためあまり目立たないが、隠れた名盤といえる。
マザーズ時代に録音した音源を中心に編集したものなのでマザーズ名義でリリースされたが、先述の通りこの時点でバンド自体はすでに解散している。
敬愛するストラヴィンスキーの名を引用した「イゴールのブギ その1(Igor's Boogie, Phase One)」「その2(Phase Two)」や
「ベルリンの休日 序曲(Overture To A Holiday In Berlin)」といった小品の間に
タイトル曲「Theme From Burnt Weeny Sandwich」「ベルリンの休日(Holiday In Berlin, Full-Blown)」
「俺が住んでいた小さな家(The Little House I Used To Live In)」などの複雑かつ野心的な中曲・大曲を挟むなど構成に凝っている。
最初と最後のドゥーワップ風の曲を除いた7曲がインスト。前作もやはりほぼインストで占められた作品だが、
『Hot Rats』がジャム風の曲も多かったのに比べるとこちらは考え抜かれて精緻に作られた曲らしく、全編を通じた組曲構成も見られてカッチリした印象。
複雑な構成をもち18分にも及ぶ大作「俺が住んでいた小さな家」がこのアルバムのハイライト。
イアンのピアノによる導入部、マザーズによる主題、ザッパのギターソロ、シュガーケイン・ハリスの切れ味鋭いヴァイオリンソロ、
ドン・プレストンの風格さえ感じさせるピアノソロ、どれをとっても圧倒的。
2人のドラマー(ジミー・カール・ブラックとアート・トリップ)やベースのロイ・エストラーダらによるバッキングも迫力に満ちている。
15分頃から聴けるザッパのオルガンソロも珍しい。
前作同様、すでに解散したマザーズの名義で出された。
ライヴ音源の比率がやや増え、前衛的即興演奏も多く、全体的に不穏で殺伐とした印象。だがそれがいい。
1曲目「Didja Get Any Onya?」はCD化の際に3分ほど増補されたが、
この付け足されたパート中にキャプテン・ビーフハートの『Trout Mask Replica』(ザッパのプロデュース)収録曲「The Blimp」と同じ反復リズムが使用されており、
実はこれがマザーズの演奏であったことが初めて明らかになった。
M3「セクシュアリィ・ガスマスク序曲(Prelude to the Afternoon of a Sexually Aroused Gas Mask)」、題名からしてアヴァンギャルドかつフリーキーな曲。
気が狂ったショッカーみたいな笑い声のあとになぜかチャイコフスキー(だったよな……)が引用されるあたりとか、かなり逝ってる。
M4「森のひきがえる(Toads of the Short Forest)」、前半は3拍子の軽快なリズムに乗って明るく進むが、途中から突然ライヴ演奏に繋げられ、
不協和かつ不穏なサウンドになだれ込む。(おそらく尊敬してやまないストラヴィンスキーの『春の祭典』「乙女達の踊り」の引用)。
ザッパ曰く「今ステージ上でドラマーAは7/8拍子、ドラマーBは3/4拍子、ベースは3/4拍子、オルガンは5/8拍子、トロンボーンは3/4拍子、
アルト・サックスは鼻をかんでるところだ」。
M6「The Eric Dolphy Memorial Barbecue」もその名の通りフリー・ジャズ風の複雑怪奇で不気味な曲。
歌モノの代表曲の1つ、M8「My Guitar Wants To Kill Your Mama」は痛快なロックソング。
「俺のギターがお前のお袋殺したいとさ/俺のギターがお前の親父を燃やしたいとさ」。
次のM9「Oh No」からM10「The Orange County Lumber Truck」へのメドレーがこのアルバム最高の聴き所。
前者は『Lumpy Gravy』に入ってた小品に歌詞をつけたもの。
後者はマザーズ本領発揮のインストで、ザッパによる怒涛のギターを堪能できる、何度聴いても飽きることのない好演。
ただしこの曲が気に入って音量を上げて聴くと、
その後に入ってるタイトル・トラック、M11「Weasels Ripped My Flesh」のノイズRZZZZZZZZZ!!!!で耳を傷めるので要注意。

以上の10枚が(解散後に出したものも含めた)オリジナル・マザーズ時代の作品で、ここまでをザッパの「第1期」とでもいうことができるだろう。
ちょっとスレ違いになるので恐縮ですが、
『We're Only In It For The Money』のところで「後述」とかいいながら後述する機会がなかった注記をここで1つ。
【ザッパの1993年承認マスターについて】:
ザッパのアルバムには大雑葉に分けて3種類のフォーマットがある。
 (1).オリジナルのアナログ盤(最初からCDで出した後期作品は除く)。
 (2).1980年代から1990年代初頭にかけての最初のCD化ヴァージョン。
 (3).1993年に行なったリマスター版=承認マスター。
(2)を出したとき、ザッパは少なからずリミックスを施している。
マスターテープの劣化が激しいものに関してはベースとドラムを80年代当時のメンバーの演奏で差し替えたり、
元々インスト曲だったものにヴォーカルを被せたりと大胆な変更を加えたものも多い。(アルバムごとに事情は異なるが詳細は省略。)
ファンからは不評だったし自分も満足がいってなかったので、おおむね元のミックスに戻す方向で1993年に膨大な作品のすべてを再度リマスターした。
納得のいく仕上がりでザッパ自身がOKを出したということで、これが「承認マスター」と呼ばれる。
ちなみにザッパはその年12月に亡くなるので、最後にして最高のタイミングだったことになる。
1995年以降の再発盤CD、すなわち今レコード屋で売ってる入手可能なCD(緑がかったプラケースで、日本盤なら黄色い帯が目印。
最近再発された紙ジャケも含む)に使われているのは「基本的に」この1993年承認マスター。
というわけで、以下レヴューの対象は原則として承認マスター版CDヴァージョンに限定する。

ソロ名義だが、録音に参加しているのは実質的には新生マザーズ。第2期ザッパの出発点とも言える位置にある、心機一転の快作。
ジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズにいたドラマーのエインズレー・ダンバーとか、
元タートルズのヴォーカル、フロ&エディ(本名はマーク・ヴォルマン&ハワード・ケイラン。契約上の問題を避けるため芸名を名乗った)の新参加が
とりわけ大きな変化。
ザッパの片腕、音大卒で修士号までもってる才人イアン・アンダーウッドだけ継続して活躍。
まずM1「Transylvania Boogie」の最初の5秒でノックダウンされること間違いなし。
ザッパのギター曲だが、かつてない猛烈な勢いでエキゾチックに弾いて弾いて弾きまくる。
タイトル曲M7「Chunga's Revenge」もやはり重厚なギター曲で、
これらを聴くとザッパのギターが新しいステージに進んだことが分かる(そしてこの後もっと凄まじくなっていく)。
M4「The Nancy & Mary Music」(これもインスト、「King Kong」のライヴの間奏)も熱い。
M6「Would You Go All the Way?」M9「Rudy Wants To Buy Yez A Drink」などの歌モノは一転して軽快な曲が多いが、
特筆すべきは代表曲の1つM5「Tell Me You Love Me」。
比較的直球勝負のロック・チューンで、この時点ではまだあまり目立ってなかったフロ&エディの熱唱が聴き所。
(この第2期マザーズは人によって好き嫌いが分かれるみたいだが)
最後のM10「Sharleena」も重要なレパートリーになる曲で、まずまずよく知られた曲。
後にテンポを上げてロック色を強めたり、何とレゲエ風にアレンジしたりもしているが、
このオリジナルヴァージョンは割とゆったりしてて、ちょっとたそがれた感じもする。
再びマザーズ名義で出したライヴ盤で、71年6月5-6日フィルモア・イーストでの演奏。
1曲目はかの大作「俺が住んでいた小さな家(Little House I Used To Live In)」。
元はインストだが「ヤーヤーヤ ヤヤーヤーヤ」とかヴォーカル入りなのでかなり印象は異なる。
『Hot Rats』収録曲「Willie The Pimp」もやっているが、
キャプテン・ビーフハートが参加しているわけではなく、これもあまり原形を止めていないので別物と考えた方がよい。
LPではPart1、Part2としてAB面に分けて入っていたが、CDでは繋げたかわりに少し短くなっている。
インスト曲M9「Lonesome Electric Turkey」M10「Peaches En Regalia」はいずれも好演。
歌モノのM8「Happy Together」はフロ&エディのタートルズ時代の持ち歌。決して悪い曲とは思わないが、その代わりマザーズらしさはない。
最後のM11「Tears Began To Fall」はなかなかの佳曲。
その他の曲についてだが……歌モノっていうか半分は演奏に乗せた「語り」で、グルーピーがらみの下ネタ・内輪ネタばかりで、
英語の聞き取りが得意な人でない限り対訳を見ないと何を話しているのか分からないし、歌詞を見たところで意味不明な話ばかり。
「今夜の合言葉はマッドシャークだ!」つってMud Sharkという単語とそれにまつわる話がアルバムのそこここに出てくる。
アルバムの中に詳細な説明はないが、ネタバラシをすると、Led Zeppelinの好きな人なら「サメ事件」について知っていると思うが、アレのことだ。
Vanilla Fudgeのメンバーが一部始終を撮影してて、ドン・プレストンがそいつから聞いたとか。
ちなみに本公演の2日目にはジョン・レノン(ギター、ヴォーカル)とヨーコ・オノ(奇声)がゲスト参加しており、
その模様はジョンのアルバム『Some Time in New York City』に収録され、このアルバムのジャケットに自分たちの名前を書いてライナーに使った。
なお現行盤『Some Time in NYC』ではその模様がバッサリとカットされたので(おのれヨーコめ!)、
ザッパとジョンの共演の様子を知りたい人はザッパの『Playground Psychotics』を参照のこと。
同名映画のサントラ。正直に告白しよう。持ってない。
余談だが、第2期マザーズ(フロ&エディ期)はこの頃あえなく終了した。
1971年ツアーはザッパにとって最悪の結果をもたらした。まず12月4日モントルーでのこと。
Frank zappa and the mothers は at the best place around だったが、
some stupid が flare gun を持って Burned the place to the ground し、Smoke on the water が発生するという災難に見舞われたのだ。
すべてを失ったザッパは急いで機材を借り集めてツアーを続行したが、その1週間後、12月10日に事件が起こる。
またしてもどこかの stupid がステージに駆け上がってザッパを突き飛ばし、
オーケストラピット(深さ4.6メートル)の底に叩きつけられたザッパは、メンバー全員が一目見て「死んだ」と確信したほどの大怪我を負ったのだ。
死にはしなかったがリハビリに一年半かかり、バンドのメンバーは食っていくために他の仕事を探さねばならなかったため、
自然消滅のような形で第2期マザーズは終焉を迎えたのである。
車椅子生活を送りながら編集した第2期マザーズ最後のアルバムが、次に紹介する『Just Another Band from L.A.』。
『フィルモア・ライヴ '71』に続き、これもマザーズのライヴ(1971年8月7日UCLA)。曲数はたったの5曲。
というのも、M1「Billy The Mountain」が25分近くある大作だから。ライヴでの実演では50分ぐらい演ったりもしていたとか……。
プログレなんかでよくある物語仕立ての曲で、主人公はビリーという名の大きな山で、肩に生えているエセルという名の木がビリーの奥さん。
長年絵葉書のモデルをやっていたので印税を貰い、これを旅行資金にしてニューヨーク目指して冒険に出るという話。
ビリーは歩いているだけでエドワード空軍基地(ザッパの実家の近所)の地下にある細菌兵器保管庫の天井を踏み抜いたして被害が出るので、
人間たちは何とか止めようとする。
ビリーに召集令状が出されたり、彼らは共産主義者だの魔女だのとメディアがデマを流したり……。
やがて謎のヒーロー、スチュードベイカー・ホックが皆の期待を背負ってビリーの説得に努めるが、
ビリーの口の端に立っていたため、ビリーが笑ったときにバランスを崩してビリーの口の中、すなわち200フィートの崖の下へ落っこちてゆき、
長介よろしく「ダメだこりゃ」。
教訓:「山を甘く見るな」。……って何だこりゃ!!!
とにかく、まあ、こういうロック・オペラがLPのA面全編にわたって収録されている。
B面の方が聴きやすい(そりゃそうだ)。
M2「Call Any Vegetable」は『Absolutely Free』の原曲よりも勢いのある感じに編曲されている。
M5「Dog Breath」も『Uncle Meat』収録の旧曲だが、これもかなり大胆にアレンジされた。
M4「Magdalena」、テンポよく軽快な曲だが、内容は……
チビでヨボヨボのオッサンが、マグダレーナという自分の娘のシースルーのブラウス姿に欲情して襲い掛かろうとする話。
「おいで、ブラジャー取ってあげるから。どうせママには気づかれないよ。
お前の服を剥ぎ取って、マヨネーズと下痢止め剤を塗りたくってハリウッドの大通りを歩きたいんだ」……って何だこりゃ!!!
本作および対をなす次作『The Grand Wazoo』は、先述(>>361 ※管理人注:12th.『200 Motels』)の災難のための車椅子生活中に制作したもので、
ザッパのディスコグラフィの中でもやや特異な位置を占める作品。
元マザーズのダンバー(Dr.)やプレストン(key.)の他、多くのジャズ・ミュージシャン等をゲストに迎えてビッグバンド編成で録音した、
これまで/この後の流れとは少しばかり毛色の異なる作品だからである。
ただし異色ではあっても異質ではなく、前にもやってたインスト主体のジャズ・フュージョン風アルバムで、
収録曲はいずれも秀逸なので玄人向けということもなく、『Hot Rats』好きな人にはお勧め。
っていうかジャケットに「Hot」「Rats」の文字があるように、まんま『続・Hot Rats』とザッパ自身が位置づけた作品。
ちょうどジャズの世界でフュージョンが流行っていた頃の作品だが、
ザッパが時代に迎合したのではなく時代がようやくザッパに追いついたのだということは銘記すべし。
ここのところ猥雑(褒め言葉)な作品が多かったが、ここではカラッとした演奏をしている。
4曲入りで、最初と最後のインスト大作でユーモラスな歌モノを挟む構成になっている。
M1「Big Swiffty」(17:23)からして7/8拍子やら3/4拍子やら(だと思う)が入り乱れる難物で、
この時期の曲としては珍しく1980年代になってもライブのレパートリーとして演奏されつづけた。
M3「It Just Might Be A One-Shot Deal」はジャズっぽくない歌モノで、何度も転調するところなどは面白くもあるが、
次のタイトル曲までの箸休めのようなものだろう。
最後に控えたM4「Waka/Jawaka」(11:18)は流麗なインスト曲。ゲスト参加のミュージシャンたちによる管楽器が大きく効果を表した曲で爽快感が高い。
編成が編成なのでライヴではほとんど演奏されていない。
全部あわせて20人以上のミュージシャンを動員して録音された。
この頃ザッパはSFミュージカル『Hunchentoot』を書き上げ、自ら衣装のデザインまでしたのだが、結局このミュージカルが舞台に載せられることはなく、
劇中で使用する予定だった曲のいくつかは70年代中・後期のアルバムに(おそらく改稿して)収録された。
M1「The Grand Wazoo」もその1つ。
この曲はインスト曲なのにストーリーがあり、その内容は内ジャケットに記されている。
(タイトルの「グランド・ワズー」というのは、主人公の持っている特大メガフォンの名前)
後述するあらすじの通り例によって訳の分からん話だが、情景を思い浮べながら聴くと魅力倍増。
もちろん純粋に音楽のみを聴いても、元が威風堂々たるいい曲なので十二分に堪能できる。
LPではM1と順番が逆で最初に収録されていたM2「For Calvin(And His Next Two Hitch-Hikers)」は少しだけ歌詞のある、本作ではやや地味目な曲。
カルヴィンというのは、このアルバムを含めザッパのジャケ絵を多く手がけたカル・シェンケルのこと。
M4「Eat That Question」が最強。
ジョージ・デュークのキーボードを全面的にフィーチャーした曲で、荘厳なテーマの後、ダンバーの跳ね回るような力強いドラムを背に受けながら、
まるで疾風の如く、しかし熱くなりすぎることもなく、切々と歌い上げるように弾くそのインタープレイは彼の一世一代の名演とさえいえる。
デュークから引き継いだザッパのギターソロもキレがあり秀逸。
M5「Blessed Relief」は、前曲で火照った体をクールダウンさせるかのような清涼感に溢れたフィナーレ。

【クリータス・オウリータス・オウライタスとグランド・ワズーの伝説】
 マッド・サイエンティストのアンクル・ミートがタイムマシン的なものに乗ってやって来たのは、
 ファンキー帝王クリータス・オウリータス・オウライタス(っていうかクリトリスAll Right)が統治する古代ローマ的な世界だった。
 失業ミュージシャンの軍勢を従えたクリータスは、地下墓地から蘇った狂信的な反=音楽集団クエスチョンズへの対応に追われていたが、
 得体の知れぬ悪臭を放つ液体を入れた水槽を狂信者たちの前に置き、ギターの高音でガラスを割ることによって狂信者を流し去って解決した。
 そこへ敵軍ミディオークラッツ・オブ・ペデストリウム(MOP)襲来の知らせが届く。
 敵軍MOPはタキシードの男性ヴォーカル部隊、おっぱいのイラストが描かれたTシャツの男性ヴォーカル部隊、
 リーヴァイスを履いた男性ヴォーカル部隊(ベソをかきながらハーモニカを吹くのが仕事)、パフォーマー部隊(性別不明)、
 女性リードシンガー部隊がそれぞれ5,000人、さらに女性バックシンガー部隊が100,000人という編成である。
 これに応戦すべくクリータスはその軍勢すなわち空軍(管楽器奏者)、砲兵(ドラム奏者)、化学兵器・心理戦部隊(電子楽器奏者)、
 機甲部隊(胸に吊るした断熱材の板をココナッツの殻で叩く男)それぞれ5,000人ずつを召集した。
 首都の外縁でポータブル発信機から安直な歌謡曲を流して都市住民を洗脳しようとするMOPに対して、
 クリータス軍はその辺の小山でシャッフルを演奏することでこれに応戦。
 壮絶な戦いの火蓋が……って何だこりゃ!!!

なつかしのアンクル・ミートが再登場したが、
ザッパの作品においては、ある曲やジャケットに登場した人物・動物・小道具などがまったく別の曲において再び姿を現すということがしばしばある。
ザッパ用語でこれを「概念継続」(Conceptual Continuity)という。
フォークナーやカート・ヴォネガットの小説で、同じ登場人物が複数の作品に再登場することによって各作品を有機的に結び付けて立体的な世界を構築しているが、
アレのようなものだと考えるとよい。

『The Grand Wazoo』制作後、ザッパは録音参加メンバーを中心にしたビッグ・バンドを率いてツアーに出た。
このときのバンド名はずばり「ザ・グランド・ワズー」、ツアー後半はメンバーを若干整理・縮小して「プチ・ワズー」(The Petit Wazoo)と改名した。
レパートリーは必ずしもこの時期の曲だけに限らないが、その代わりビッグ・バンド時代の曲は後のライヴで演奏されることが少なかった。
上記2作が前後の流れから少しだけ切り離されているという趣旨のことを書いたのもそのためである。
この2作の時期は「ワズー期」とでも呼ぶことができるだろう。
ツアー後には再び通常のバンド編成でロックへ回帰してゆく。
1973-74年は人気の高い一時期で、イアン・アンダーウッドやジョージ・デュークなど旧メンバーも数人含む新バンドは、
ファンの間では「73年バンド」なり「74年バンド」なりと呼ばれることが多い。
ツアーの時期ごとに比較したメンバーの異同は以下の通り
ザッパのソロ名義と「ザッパ/マザーズ」名義の作品と両方あるが、
上のサイトを見ても分かる通り中核メンバーはほぼ重なっているので、まあ大雑葉に「第3期マザーズ」と呼んでも差し支えないだろう。
第3期マザーズ時代の人気の秘密はどこにあるのか。
単純に優れた楽曲が多いからということもあるだろうが、ザッパの音楽の
「時にアホ、時に下品、時にシュール、時にシニカルでしばしば演奏困難な楽曲を、メンバー個々の高いスキル×鉄壁のアンサンブルにより圧倒的な演奏で弾き倒す」
という特色がとてもよく現れているのが大きな要因として挙げられるだろう(でもこの時期に限った話でもないか……)。
以下の4枚はいずれも代表作に数えられるアルバムで、以降の主要なレパートリーとなった曲も多い。
特に『Roxy & Elsewhere』はこの時期のザッパのエッセンスが煮詰められて収められた重要作。
ちょっと濃ゆいので初心者向けではないかもしれないが、少なくとも他の3作は変テコながらもポップな曲が多く入門者にも優しいので、
これから聴く人はこの時期から入るとよいかもしれない。

長いインスト曲などがなくなり、程よい尺の歌モノが中心になったこともあり、非常にとっつきやすい。
そのため入門編にも好適の作品だが、これまでの作品に現れていた「ザッパらしさ」が強くないのも確か。
これを足がかりにしつつ、「ザッパってこういうのか」と決めてしまわずに、他の濃い口の作品へ進むべし。
M1「Camarillo Brillo」はザッパ自身のヴォーカル曲。
ライブではややテンポを上げて「Muffin Man」とのメドレーで演奏するという必殺技として1984年ごろまで演奏し続けた。
テレビの中に住む政府の手先のスライムが「お前ら視聴者を洗脳してやるぜ」という、キテレツながらも風刺の効いたねちっこいM2「I'm The Slime」では、
「俺はスライム、お前のヴィデオから居間の床に滲み出るんだ」と女性コーラスがソウルフルに歌い上げるが、これがどういう経緯かティナ・ターナー。
M3「Dirty Love」もザッパ自身による歌モノの代表曲の1つ。
最後の方で「The Poodle Bites!/The Poodle Chews It!」という一節があるが、次のアルバムのどこかに同じ歌詞があるので探してみよう。
ライヴでは「The Poodle Lecture」という語りモノ(後述。要はバター犬の話)に続けて演奏された。
M4「Fifty-Fifty」ではリッキー・ランスロッティなる男がヴォーカルだが、
オーディションを経て新加入したこの男、麻薬がらみの問題で速攻クビになったため、結果としてザッパ自身の歌う曲が増えた。
(『Freak Out!』あたりはいかにもLSDか何か決めてそうだが、
 実際にはザッパはドラッグを一切やらず、ドラッグ関係でトラブったメンバーは大概クビ。ただし「タバコは食事」)
この曲の聴き所は間奏のみ。デューク(Key.)、ポンティ(Vln.)、ザッパ(いつもより速く弾いとります)の怒濤のソロ以外は別に……。
人気曲のM6「Dinah-Moe Humm」は、どこからともなく現れて「私をイかせられたら40ドルあげる」というダイナ・モー・ハムという女やその妹との乱痴気騒ぎの歌。
あえぎ声も入れてるが、この時代にようやるわ。
最後はこれも人気のある代表曲の1つ、M7「Montana」。
「そのうちモンタナへ引っ越して、糸楊子を作って実業家になるんだ」という男の歌で、歌詞は間抜けなのだが、
中間部のザッパ入魂のソロ(ベースも最高)や続くティナ・ターナーらのコーラスなどを経て
「Movin' to Montana soon...(Yippy-Ty-O-Ty-Ay)」というコーダの朗唱に至ってフェイドアウトするところまで聴くと、
二度と忘れられない印象を残す、不思議な曲。
ソロ名義でゲスト・ミュージシャンが多いが、中核となるメンバーは前作のマザーズとほぼ同じ。
前作のポップ志向路線を踏襲しながらも巧緻な作りの光る傑作で、
ビルボードのアルバムチャートで第10位、後にはゴールド・ディスク獲得と、ザッパにとっては最大の商業的成功をもたらした。
ほぼ途切れずに続く冒頭4曲の、息をもつかせぬ展開が最高。ここはちょっとした物語仕立てになっている。
夢の中でナヌークという名のエスキモー少年になり、
母親から「ハスキー犬の歩いた後には気をつけて。黄色い雪は食べちゃダメ」と注意されたというのがM1「Don't Eat the Yellow Snow」。
このナヌークがアザラシの子供を蹴り殺そうとしている毛皮密猟者を見つけ、
犬の小便混じりの黄色い雪をそいつの目に擦り付けて撃退したM2「Nanook Rubs It」の最後で密猟者は、
この目を治すには聖アルフォンソの教区までツンドラを歩かなければならないというエスキモーの伝説を思い出す。
教区にたどり着いたM3「St. Alfonzo's Pancake Breakfast」からアルバムは猛烈な勢いで加速してゆく。
密猟者は聖アルフォンソの朝食のパンケーキのマーガリンを盗み出し、便器の代わりにビンゴのカードに小便を引っ掛けた。
そのころオブリヴィオン神父は昨夜妖精がアレを撫でてくれたので頭に血が上っていた。
「聖アルフォンソ様も私を誇りに思ってくださるでしょう。ところで私のパンケーキはいかが?」というM4「Father O'Blivion」まで、
ほぼメドレーに近い形で一気に畳み掛けるファンキーな中規模組曲。
B面のM6「Excentrifugal Forz」も短いながら疾走感のある曲。
ここからなだれ込むようにして始まるタイトル曲のM7「Apostrophe'」ではジャック・ブルースが参加。威風堂々とした重厚なインスト曲。
ジャック・ブルース当人は、本作にはチェロで参加したと語っているが、記憶違い説が濃厚(あのブリブリのベースを他の誰が弾いているのかと)。
前作で一旦手放したかと思われたインスト曲やA面の組曲構成などの手法に再び取り組むことで、
ザッパ的音楽世界の要素が全部取り集められ再構築されていく契機になったアルバムと評価できる。
余談だが、ザッパのアルバムのジャケ写には一つの法則(?)がある。
本作を含め、ザッパの顔写真がどアップで使われたアルバムは、その時期を代表する1作であり、入門編にもなる作品が多いというものだ。
『Absolutely Free』『Chunga's Revenge』『Apostrophe (')』『Sheik Yerbouti』『Joe's Garage』『You Are What You Is』『Jazz From Hell』『The Yellow Shark』。
膨大な作品のうちこれだけ買えば、ザッパの音楽がどのような変遷を経たかについての概要は(極めて、非常に、まったく大雑葉ながら)看取できるので、
レコード屋で迷ったときの参考にしていただきたい。
タイトル通り、LAのロキシー・シアターとその他いくつかの会場での公演を取りまとめたライヴ・アルバム。
非常にディープかつ以前より黒っぽさを増したマザーズの世界が2枚組みで繰り広げられている。
ちょっと猥雑なところもあり、それがファンには愛されているのだが、入門者向きではないかもしれない。
前述したマザーズの特長、すなわち変曲×鉄壁のアンサンブル=(・∀・)イイ!! がよく現れている作品であり、
冗談を飛ばしたりしながら演者も観客もゲラゲラ笑っているが、その演奏はどう考えても笑い事ではない。
LPでは、各面の最初にこれから演る曲の内容や背景を説明する短い変テコな話が「Preamble」という題(序文とか前書きといった意味)で挿入されていたが、
CDでは各曲の冒頭部分として結合されており、ひとくさりこの変な小話をしてから「そいじゃ行こか」みたいな軽いノリで凄まじい演奏を始めてくれる。
ミドルテンポのM1「Penguin In Bondage」から濃厚な空気がモワァっと立ち籠めてきて、もう逃げられない。
その後のM2「Pygmy Twylyte」と切れ目なく続くM3「Dummy Up」も肉汁の垂れてきそうな曲調で、
この時期のメインヴォーカリスト、ナポレオン・マーフィー・ブロックによる歌とバンドの演奏とがいずれもファンク色強く絡み合い、
転調やメンバー同士の掛け合いなどを交えつつ一気に駆け抜けてゆく。
以上がA面だが、ここまでだけでも相当な密度である。
しかしそれを当たり前のように弾き倒しているので、どこまでが綿密なリハーサル通りの演出でどこからがアドリブなのか、正直自分には判別できない。
M4「Village of the Sun」はザッパがアマチュア時代に演奏活動をしていた地元近くの町サン・ヴィレッジについての歌。
ザッパにしては珍しい内容・曲調で、本人も「身震いするほど感傷的」と語っている。
M5「Echidna's Arf (Of You)」M6「Don't You Ever Wash That Thing?」は合計14分近い精緻なインスト曲だが、
聴いた後には溜め息をつく以外に何ができるのか分からない、プログレそこのけ・完全無欠の演奏だ。
この曲の途中で、ザッパによる
「諸君、ルースに注目してくれ! この映画の間中、ルースは 『みんなをびっくりさせるにはどうすればいいかしら』と考えているんだが、
 どうやら答えが出たようだ。彼女から目を離すなよ!」
というアナウンスが入るが、事実このショーは撮影されていて、映像版が出る予定になっていた。
もうそろそろリリースされるらしいとかいう噂だけはずーーっと昔からあるのだが……。
なおルースというのはオリジナル・マザーズのころからしばしば参加していた女性パーカッショニストで
1970年に同僚のイアン・アンダーウッドと結婚して夫婦でバンドを支えた人物(旧姓コマノフ)。
主な使用武器はマリンバ(木琴)で、1973-74年バンドのサウンドの中核ともいえる位置を占めていた。
「ロックで木琴てwww」と思ったそこの君、とりあえずこの映像の真ん中辺を見てくれ。話はそれからだ。
ここまでがB面。C面冒頭M7「Cheepnis」は安っぽい怪獣映画の楽しみ方についてのザッパの語りから始まる。
歌詞の内容はフルノビュラックスという名の巨大なプードルの怪獣が登場する変チクリンなものだが、
演奏は本作中で最もテンションが高く、それでいて全パートが一糸乱れずノンストップで突っ走るのが壮観。
M8「Son Of Orange County」は『いたち野郎』に収録されていた「The Orange County Lumber Truck」のテンポを落として歌詞を乗せたものだが、
2:20ごろ〜4:50ごろにかけて聴けるザッパのソロは絶品。
当時隆盛を誇っていた、単なる「早弾き選手権」「轟音大会」「手癖で自己陶酔するだけの公開自慰」とは一線を画し、テクニックに溺れることなく、
重く緊密かつメロディアスに歌い上げるそのギターソロは、
ザッパが超一流の「ギタリスト」でありながら、しかしむしろ「作曲家」であることの方に重心を置いていたことの意味を聴く者に再認識させてくれることだろう。
M9「More Trouble Every Day」も、なつかしや『Freak Out!』収録曲「Trouble Every Day」の再演。
ここでは原曲よりも格段にヘヴィかつブルージーにアレンジされている。
最後に鎮座する締め括りの長尺曲M10「Be-Bop Tango(Of The Old Jazzmen's Church)」(16分強)では、
客席から何人かをステージに上げてダンス・コンテストを行っている。
ザッパはこうした観客参加型の演出を頻繁に取り入れていたのだが、レコードに収録されたのはこれが始めて。
ジャケット写真からしてさぞや楽しく猥雑な演出が繰り広げられているのだろうなと想像されるが、
ステージ上で何が起きているのか音だけでは十分に分からないので、やはり映像がほしいところ。
ザッパの名言「ジャズは死んじゃいない。ちょっと変な臭いがするだけだ」もこの曲中で聞ける。
主にジョージ・デュークのスキャットに合わせて踊っている(らしい)わけだが、
どこかでセロニアス・モンクの名曲「Straight No Chaser」を引用しているので探してみてね。
この時期のライヴを他にも聴きたくなったら、後述する『You Can't Do That On Stage Anymore Vol.2』(たぶん52枚目)をどうぞ。
74年バンドによるかなり質の高いコンサートを完全収録したアルバムです。
このアルバム、ただでさえ「聴けば聴くほど……」のスルメ的作品である上に、注記しておきたいことも元々多いので、
聴き直しながら思いつくままに書いていたら長くなりすぎてしまった。以後のレヴューはもう少し引き締めて書くよう心がけたい。
一言でいうなら大傑作。どこを取っても文句のつけようがないので、却って話のネタにならないくらい。
第3期マザーズにとってのみならず、ザッパの全経歴を通じての最高傑作との呼び声も高い必聴盤。
名曲オンパレードの一発目、M1「Inca Roads」はザッパのすべての曲の中でも5指に入るくらいの代表曲。
珍妙な歌詞+高い演奏力を要求する複雑な楽曲という、これまでにも散々語ってきたザッパのお家芸が頂点に達した曲である。
メインパートは1970年ごろからすでにステージで披露していたものである。
このアルバムに収録された完成版は、スタジオ録音のベーシック・トラックに1974年9月22日のライヴ(『On Stage Vol. 2』に全編収録)から抜粋した
ギターソロを繋げたもので、やはり以前から行なっていたこの種の編集手腕も完璧なまでに冴え渡っている。
迫り来るようなイントロで始まる、独特の浮遊感が溢れれる演奏に
「古代宇宙飛行士説」(Wikipediaで調べて)を茶化した歌詞を乗せた前半からして、まったく隙がない。
目くるめくザッパのギターソロは、もう耳がとろけそうになるくらいの味わい深さ。
後半部におけるジョージ・デュークのキーボードソロといい、ルースのマリンバといい、全部凄すぎ。
M2「Can't Afford No Shoes」は割とキャッチーな曲で、ザッパのギターが普段よりハードに駆け抜ける。
ライヴの終盤あたりで演ったらいかにも映えそうなM3「Sofa No. 1」は雄大なインスト曲。
実際ステージでの定番曲になり、最後期のツアーに至るまで重要なレパートリーとなった。
M4「Po-Jama People」はピアノを主体に据えながらザッパのギターを大きく前面に打ち出した曲であるが、
このアルバム(というかこの時期のザッパ)の中では比較的単純な曲のせいか、演奏された記録は少ない。
それにしても「へーぃにゃにゃへにゃにゃへにゃにゃへーぃ ほーい! ほーい! ほーい!」なんて間抜けな歌を
これほどカッコよく歌えるバンドが他にあっただろうか?
M7「San Ber'dino」ではザッパも敬愛するブルース・ミュージシャンのジョニー・"ギター"・ワトソンがヴォーカルでゲスト参加。
躍動感みなぎる後半の盛り上がりが痛快。
なお、この曲のハーモニカはもう一人のゲスト・ミュージシャン、ブラッドショット・ローリン・レッドなる人物によるものだが、
これはキャプテン・ビーフハートの変名。
業界の常識などに囚われない大らかな心の持ち主だった(?)牛心隊長は差し出された契約書に片っ端からサインしまくったため身動きが取れなくなり始めていたので、
ザッパがゲストに呼んで共演したり、後には隊長のアルバムをプロデュースしたりして助けていたのだ。(しかしこれが後に問題を引き起こす)
M8「Andy」もワトソン参加のギラギラしたブルースロック。M9「Sofa No. 2」は同名曲M3になぜかドイツ語混じりの歌詞をつけたもの。

さて……
『One Size Fits All』の後、ルース・アンダーウッドとドラマーのチェスター・トンプソンというバンドの主要メンバー2人が脱退し、
第3期マザーズこと74年バンドは空中分解してしまう。
厳密には次のアルバムでもマザーズの名を用いているのだが、もはや名前だけの存在であり、
これ以後は単なるバックバンドとしてさえマザーズの名義が用いられることはなくなった。(ずっと後になってからマザーズ時代の旧音源を放出したときなどは除く)
70年代中盤〜後半はメンバーの流動が激しかったいわば過渡期である上に、ザッパがレーベルとの訴訟問題などを抱えていた大変な時期であったわけだが、
このころのザッパを支えたのが名手テリー・ボジオ(Dr.)である。
マザーズの名称が使われなくなったので、これ以降のザッパ・バンドの時期区分はサウンドの中心であるドラマーを基準にするのが通例となっている。
(ごく短期間の参加にとどまった一時的メンバーは省略)
 ・テリー・ボジオ期(1975年 - 1978年)
 ・ヴィニー・カリウタ期(1978年 - 1981年)
 ・チャド・ワッカーマン期(1982年 - 1988年)

キャプテン・ビーフハートとの共演作。
牛心隊長のゲスト参加は過去にもあったが、本作ジャケットの「Zappa/Beefheart/Mothers」というクレジットからも分かるとおり、対等な共演、いや競演である。
当時の牛心隊長は先述した契約問題に加えて、その独裁者ぶりに嫌気が指してメンバー全員が脱退したためマジック・バンドが崩壊、
レコード会社に言われるままに適当なセッションミュージシャンなどを集めて急造した新バンドはヘタレの極み、
そのバンドと制作したアルバム2枚もかつての凄みがまるでない凡作に終わる……と、踏んだり蹴ったりの状態にあった。
そこにザッパが救いの手を差し伸べたのである。
M5,6を除く7曲が1975年5月20-21日テキサス州オースティン、アルマジロ世界本部におけるライヴ演奏。
旧メンバーも残っているし、新メンバーも個々のスキルは高いのでそれなりに良質な演奏をしているが、
いかんせん練り上げられていないので、つい先ごろの74年バンドにおける無敵のアンサンブルと比較すると見劣りしてしまうのは否めない。
そのため作品全体としてはやや散漫な印象を与えるが、一曲ごとに見れば十分にインパクトがある。
隊長の強烈な存在感もあって全体的にブルース色が強いのが本作の特色か。
M1「Debra Kadabra」から隊長の歌、というより口腔から発生する音塊ともいうべきヴォーカルが全開。
M3「Sam With The Showing Scalp Flat Top」M8「Man With The Woman Head」は隊長のポエトリー・リーディング。
隊長のリーダー作でもおなじみのシュールな詩が聴ける。バックの演奏もさりげなく秀逸。
M2「Carolina Hard-Core Ecstasy」M7「Advance Romance」はその後のライヴでも頻繁に演奏された佳曲。
M5「200 Years Old」M6「Cucamonga」は73年バンドでの演奏で、ドラムはチェスター・トンプソン。
このアルバム最大の聴き所は、やはり最終曲のM9「Muffin Man」だろう。
イントロ部分のザッパの語りのみスタジオ録音で、その後ライヴに戻ってゆくのだが、ここでのザッパの猛烈なソロはもはや伝説の域。
引き攣ったようなそのフレージングの後に入る隊長のヴォーカルに続き、
ザッパによるメンバー紹介(隊長を「Captain Beefheart on vocals and soprano sax and madness.」と紹介している)が聴こえると泣きそうになるのは俺だけか?
フェイドアウトしてしまうのがこれほど口惜しいアルバムを他に知らない。
隊長の契約問題のため『Bongo Fury』はイギリスではリリースできなかったといわれるが、
ザッパの力を借りてリハビリを終え、調子を取り戻した隊長は新バンドを結集。
『Trout Mask Replica』を聴いて衝撃を受けて以来、熱烈な隊長フリークになっていたような連中ばかりが揃い、
黄金時代に優るとも劣らない実力を持った新生マジック・バンドを率いた隊長は、
ザッパのプロデュースのもとで大傑作『Bat Chain Puller』の制作を開始。
すべてが好転しはじめたように見えたが、隊長との関係も決裂してしまうほどの大問題が浮上し、今度はザッパが踏んだり蹴ったりの目に会うのであった……
<リリースまでの経緯>
1976年、ザッパと長年のパートナーであったマネージャーのハーブ・コーエンとの間で訴訟が起こった。
コーエンがザッパの金を横領していたらしいこと、ザッパがプロデュースしたキャプテン・ビーフハートのアルバム(『Bat Chain Puller』)の制作費を
ザッパの印税から勝手に支払っていたらしいことなどが発覚したのである。
自分の金から支払われている以上『Bat Chain Pller』のマスターテープの所有権は自分にあると主張するザッパ(長い裁判の果てにその通りになるのだが)と
コーエンの衝突の煽りを受け、このアルバムはお蔵入りになってしまい、ザッパと隊長の関係も決裂してしまう。
(隊長はこのアルバムの曲の大半を再録音して『Shiny Beast(Bat Chain Puller)』としてリリースした。
 オリジナルはいまだザッパ家の倉庫に眠っている。
 2002年に出た『Dust Sucker』なるアルバムが、帯で『Bat Chain Puller』のオリジナル・マスターの流出音源である「かのように」謳っていたが、
 筆者が聴いた限りでは嘘っぱち)
隊長だけでなくザッパ自身も同じ事態に陥った。
新作『Zoot Allures』のマスターテープのみならず、過去に録音しておいた音源までもが係争対象として凍結・差し押さえになったため、
事態が収拾するまで本人でさえ手を触れられなくなったのである。
幸いにもマスターのコピーを手元に残していたため、ザッパはレーベル(コーエンと立ち上げたディスクリート・レコード)を通さずに直接ワーナーへ渡し、
どうにかリリースにまで漕ぎつけることができたという、いわく付きの作品である。
ジャケ写にエディ・ジョブソンやパトリック・オハーン(リリース当時のメンバーだが、数ヶ月前の録音の時点ではまだ加入していない)がいるなどのチグハグさも、
この辺の事情に由来しているのだろう。
不可思議なアルバムタイトルはフランス語の「Zut alors!」(ちきしょう!)から取った語呂合わせ。
ちなみに、本作には日本公演の音源が収録されているためか、
表ジャケでは「雑葉」の字を象った落款、裏ジャケでは「不乱苦雑派」など、漢字表記がちょいちょい用いられている。
<内容>
当初は2枚組みにする予定でテスト・プレスまで製作していたが、その内容は現行盤とは大きく異なり、
後述するアルバムに収録された「Sleep Dirt」「Filthy Habits」や、
「Night of the Iron Sausage」(謎の未発表曲。タイトルを変えて発表済み説もあり)などが予定されていたが、現在の形に変更された。
内容に関しては、同時期の作品のクオリティと比較すると、「これはいわゆる“捨て曲”じゃねえのか」、と思わざるを得ないものもあり、
全体の統一感も薄く、自信を持って推薦できる作品とはいいかねる。
とはいえ重要曲もいくつかあり、M2「Black Napkins」(1976年2月3日大阪厚生年金会館での録音)などは染み入るようなサウンドのギターソロ曲で、
その後何度となくライヴで演奏された代表曲。
同じくギターソロ中心のタイトル・トラックM8「Zoot Allures」も名曲の一つに数えられる好演。
ザッパのインスト曲にしては単純な構成だが、バリバリ弾きまくるばかりではなく、
思い切ってテンポを落としたシンプルなリズムに乗せてたびたび繰り出す幽玄なフィードバックは、部屋の温度を3度は下げる清冽さを湛えている。
もう一つのインスト曲M5「Friendly Little Finger」も、
イントロのエスニックなパーカッション(ルース!)とギターは興味深いが、上記2曲に比べるとやや印象は薄い。
M3「拷問は果てしなく(The Torture Never Stops)」は重くて暗い雰囲気の漂う曲で、先の牛心隊長とのツアーでも披露していたが、
隊長ヴァージョン(『Bongo Fury』と同日の音源を『On Stage 4』に収録)が「拷問」に重点を置いていたのに対し、
ここでは「果てしなく」の方を重視して大きくアレンジ。なんとボジオのドラム以外の全パート(女の悲鳴の監督含む)をザッパが一人でやってるらしい。
シングルカットもされたM9「Disco Boy」や冒頭のM1「Wind Up Workin' In A Gas Station」などはポップな佳曲だが、
M4「Ms. Pinky」(歌詞)などはやはり単調さを免れていないといえるだろう。
ちなみに「Zoot Allures」は上記の大阪公演でも演奏しており、
その終曲部のギターソロを抜粋した「Ship Ahoy」なる曲が後述のアルバム『Shut Up 'N Play Yer Guitar Some More』に収録されている。
<リリースまで、その他諸々の経緯>
1977年ごろのザッパは、法的なトラブルが続いたこともあり、いい加減ワーナーBros.に嫌気が差していた。
とはいえ契約がある以上は仕方なく、新作ライヴ盤『Zappa In New York』を仕上げてワーナーに届けた。
しかし、なんとワーナーがこのアルバムのリリースを拒否したのである。
収録曲「Punky's Whips」でAngelというバンド(Kissのジーン・シモンズが発掘したメタルバンド。ヴィジュアル系みたいなもんで、
女装とかして中性的なルックスを売りにしていたそうだ)のヴォーカリスト、パンキー・メドウズのことを徹底的に茶化しているために、
訴えられたら困るとワーナー側が判断したのだ。
ここでザッパもブチ切れた。
契約を完全に消化して縁を切るため、残り3枚分のアルバム(『Studio Tan』『Sleep Dirt』『Orchestral Favorites』)を
まとめて仕上げて提出したのである(ここがザッパの凄味)。しかしワーナーは大人の事情でこれも拒否。
ザッパは、作品を受け取りながらリリースしないというワーナー側の対応を、一方的な契約破棄と判断。
これら4作の楽曲にその他諸々の素材を加えて再編集し、4枚組みの超大作『Lather』を制作、他レーベルからのリリースを計画した。
(マーキュリーへ持ち込んでアセテート盤まで作った)が、不幸にもというか当然にもというか、ワーナーから待ったがかかる。
 ザッパ (#゚Д゚)  「てめえらが出さねえつったんだろうが」
 ワーナー ┐(´ー`)┌  「つーか4枚まとめて契約消化とかありえねえし。よそから出したら訴えますが何か?」
じゃあどうしろというのかと怒り心頭に発したザッパは、『Lather』を持って某ラジオ局に出演、8面からなるアルバムの全曲を放送するという快挙というか暴挙に出た。
この時にエアチェックされた音源を元に海賊盤が出回ったが、『Lather』の公式発売はザッパの没後3年を経た1996年のこととなる。
以上が、19年間封印された暗黒大作『Lather』誕生の経緯である。
さて、一連の裁判で勝利を収め、自由を手にしたザッパは新レーベル「Zappa Records」を立ち上げ、心機一転して活動を再開することにしたのだが、
そのころワーナーはかつてリリースを拒否した4部作をザッパに無断で販売しはじめていた。
最初にザッパ自身がきっちり仕上げた『Zappa In New York』からは問題になった「Punky's Whips」をカット、
他の3枚に関してはマスターテープしか渡されておらず、ザッパの手を経たライナーやカヴァーアートがないので、クレジット表記はなし、
ジャケットはこれもザッパの許可なくゲイリー・パンター作のイラストを勝手に載せるという形で売り出したのだ。
(「ザッパは最初に4枚組み『Lather』を作ったがワーナーが拒否、決別後にワーナーが『Lather』を無断で4作に切り分けて発売した」
 という記述を頻繁に見かけるが、順序が逆。
 バラの4作に使われながら『Lather』には収録されなかった素材もあるので、『Lather』から4部作を再構成するのは不可能)
こうして世に出た未公認4部作の第1弾『Zappa In New York』は、1976年12月26-29日のライヴ音源を編集したもの。
上述のゴタゴタのため録音から発売まで約2年の間が開き、デビューから10年で約20作と毎年平均2枚ずつ新作を出していたザッパにとって、
1977年は初めて1枚もリリースのない年となった。
ボジオ(Dr.)やオハーン(B.)らのリズム隊はさておき、ランディ&マイケルのブレッカー兄弟らによるホーン・セクションや
リズムギター兼ヴォーカルのレイ・ホワイトなど、加入後間もない新メンバーの多いバンドながら、
非常に結束は固く熱のこもった演奏が全編にわたり展開されている。
注目すべきはルース・アンダーウッドが短期間ながら復帰していることで、
「Black Page」その他の難曲をボジオの力強いドラムとルースの巧みなパーカッションで堪能できるのは本作を除くと数曲しかないのだ。
なお、本レヴューでは基本的に対象を1993年承認マスター版に限定しているが、
この作品はオリジナルLPとCDでだいぶ内容が異なっているので、「主な」異同を以下にまとめておく。
 ■ LP:全10曲。マスターテープから「Punky's Whips」を除去、さらに「Titties & Beer」からやはりパンキー・メドウズがらみの歌詞を削除。
   ただし、初期プレス盤の一部はこれらの検閲なしで流通した。
 ■ オリジナルCD(1991年):「Punky's Whips」を復帰、またボーナストラック4曲
   (「Cruisin' for Burgers」「I'm the Slime」「Pound for a Brown」「The Torture Never Stops」)を追加。計5曲で約45分増(!)。
   なお、「Punky's Whips」は復帰されたとはいうもののオリジナル・マスターテープとは別ミックスで、オリジナルのテイクは『Lather』に残っている。
   現行CD(承認マスター、1995年〜)もこれに準ず。
<やっとのことで内容紹介。しかも2枚組み>
Disc1
ファンキーなM1「Titties & Beer」のイントロから聴く者を引きずり込んでゆく。
悪魔のマスクをかぶったボジオとザッパによる、タイトルどおり「おっぱいとビール」をめぐる掛け合いを中心に据えた曲で、内輪ネタ満載。
悪魔の「デイル、ステージに上がって俺のピクルスを握ってくれ」というセリフに出てくるデイルはボジオの彼女(この後結婚する)、
「お前さっきカメラを持った巨乳の姉ちゃんと一緒にいたろ」という姉ちゃんはおそらくザッパの妻ゲイルのことと推測される。
(ゲイルはステージ写真を撮影しており、アルバムのインナーで使用されている。なおジャケ写はザッパの長男ドゥイージル7歳によるもの)
M2「Cruisin' For Burgers」は『Uncle Meat』収録のインスト曲だが、
元は可憐な小曲であったのに対し、ここでは当時より強力なリズム隊に支えられて圧倒的に密度を高くアレンジしており、ほとんど別曲。
さて問題のM4「Punky's Whips」である。NBCのアナウンサー、ドン・パルド
(「Saturday Night Live」のナレーションなどを担当。この公演の少し前にザッパがSNLに出演したのを機にゲストで登場)
による解説から始まる。
「この業界には、新手のプロモーション戦略に乗ったバンドが毎日のように現れる。
 中には、アホな若い消費者の精神に癒しがたい傷を残すものもある。その好例が諸君の眼前、ステージ上に座っているテリーだ。
 テリーは最近雑誌で見たパンキー・メドウズの写真に恋をしてしまったのだ!」
ボジオ「♪パンキー、君の唇を僕におくれよ…口の中には出さないからさ…
 パンキー、君のアルバムはマジでクソだよ…いやホント! 笑い事ってレベルじゃねーぞ」。ワーナーの気持ちも分からないではない。
曲の最後に「Thank you, Our birthday boy, Terry Bozzio,」という、LPとは異なるザッパのセリフが入っているので、
ここに改めて収録されたテイクは12月27日公演の後半を編集で繋げていることが分かる。
M6「The Illinois Enema Bandit」はタイトルの「イリノイの浣腸強盗」という実在の人物を題材にした歌。
マイケル・ケニヨンという名のこの男、10年間に渡りイリノイ州の女子学生を襲っては浣腸を施すという凶行を繰り返していた
実にうらやま、けしからん人物である。
ドン・パルドが「浣腸を禁止する法律は存在しない。しかし彼の名は永遠に語り継がれるであろう」とかいって、
レイ・ホワイトが声も高らかに「イリノ〜〜イ浣腸〜〜強〜盗〜〜」とか歌い上げる。
魂のこもった朗唱に観客は大いに沸いているが、フツーのミュージシャンが歌ったら客席ドン引き間違いなしの曲。
Disc2
ヴァラエティ豊かな内容。
M1「I'm The Slime」は比較的原曲に近い演奏だが、M2「Pound For A Brown」(これも『Uncle Meat』から)などは、やはり相当に煮染めてある。
グルグル旋回するようなリズムに飲み込まれそうになる心地よい演奏である。
M3「Manx Needs Women」も、2分弱と短いながら結構難しい曲。
難しい曲といえば、次のM4「The Black Page Drum Solo/Black Page #1」(多分このNYライヴ1日目が初演)。
有名なので名前くらいは聴いたことのある人も多いだろう。
ドラムソロといえば退屈の代名詞的なもので(ドラムやってる人、ゴメン)、楽しめるのは1割程度、独立した楽曲として聴くに堪えるのは1%程度だが、
これはその1%の中でも極北に位置する1曲。後半の超絶技巧のアンサンブルとともに堪能していただきたい。
初期のシングル曲M5「Big Leg Emma」はオールドファンへのサービスか。
「Black Page」の後に続けてこの剽軽な曲をやるという「何でもアリ」感がザッパ・バンドの大きな魅力だが、
この時点でバンドが到達していた次元から考えると、やや場違いな感じも無きにしも非ず。
M7で「Black Page」再登場。ここでは「Black Page #2」と題されている。
ザッパ曰く、この曲はもともとドラムソロ用に書いたもので(M4前半)、その後で他の楽器を載せたメロディを書いた。
これ(M4後半)が「Black Page #1」すなわち「難解ヴァージョン」。
この曲の統計学的密度を把握できない人のためにディスコ向けアレンジを施したのがこの「#2」すなわち「ニューヨークの10代向け簡略化ヴァージョン」。
実際ステージに客を上げてダンス・コンテスト(『Roxy』でもやってたアレ)を行なった映像があるが、
この曲でまともに踊れてる人、っていうかそもそもまともに踊ろうとしている人はいなかったような……。
M8「The Torture Never Stops」は『Zoot Allures』ヴァージョンにほぼ準じた、やや淫靡な演奏。
最後はLP第4面を占めていたM9「The Purple Lagoon/Approximate」。インストで16分強の大作である。
メンバーのソロが順次繰り出される「見せ場」で、マイケル・ブレッカー(テナーサックス)やゲストのロニー・キューバ(バリトンサックス)、
ランディ・ブレッカー(トランペット)らジャズ畑の連中は手馴れたもの。
ザッパ作品ではベースソロが意外に少ないと思うので、ここでのオハーンの秀逸なソロは貴重かも。
未公認4部作の第2弾。
マスターテープを受け取ってから程なくしてザッパと縁が切れたワーナーは、録音した日時や参加メンバーを把握していなかったので、
ジャケットにはそれらのクレジット情報が一切記載されず、曲名だけがそっけなく書かれた形でリリースされた。
明らかに78年当時の録音ではない楽曲があるので、事情を知らないリスナーを困惑させたが、
1991年にザッパ自身の手でCD化された際にこれらの情報も一通り明らかにされた。
ジャケ絵はこれもワーナーが勝手に選んだゲイリー・パンターというイラストレーターに描かせたもの。
ザッパの大ファンだったパンターは喜んで引き受けたが、リリースまでの経緯やザッパの許可を得ていないことをなど後で知ってガッカリしたそうだ。
ケバい色使いでアゴの割れたモヒカン男を描いたこのジャケット、あまりザッパらしくないテイストだし、
ザッパもOKしていないということでファンの間での評価は低いが、パンターはアメコミ界におけるニューウェーヴの旗手的な存在で、
TV番組のセットのデザインでエミー賞を受賞するなど、今や巨匠の域に達しているとか。
他にレッチリやレジデンツなどのジャケ絵なども手がけている。
さて、内容についてだが、A面は1曲のみからなる。
M1「The Adventures of Greggery Peccary」、20分を超える超大作。
作曲したのは72年ごろと推定されており、録音は75年。ファウラー兄弟やチェスター・トンプソン在籍時代の音源である。
前にもやってたロック・オペラ(のパロディ)で、主人公はグレッガリーという名のペッカリー。
(曲中では豚と説明しているが、厳密には牛に近いイノシシのような動物。名前はグレゴリー・ペックから?)
シークエンスごとに分けられた伴奏付きのナレーションや歌がつなぎ合わされたタペストリーなので、
歌詞の対訳を見ながらでないと正直何が何やら意味が分からなかったりする。
<あらすじ>
 グレッガリーは群れの中で唯一ネクタイを締めた賢い子豚で、毎日赤いフォルクスワーゲンに乗って街の会社へ出勤する。
 科学力を用いて新しいトレンド(フラワーパワーとか)をでっち上げ、国中に広めるのがその仕事だ。
 ある日、女子社員にも人気のグレッガリーは社歌
 (♪時間を無駄にするだけの / 派手なトレンドいかがかな / これであんたの人生も / ちっとはマシになるかもよ)を歌いながら、
 自分の「超先鋭的ラミネート加工模造マホガニー材レプリカ机」に座っていると、天の啓示に導かれて新しいアイディアを得た。
 グレッガリーの発明した驚天動地の大発明とは!……カレンダーである。
 このカラフルなカレンダーは国中の退屈しきった惨めな人々の手に渡っていった。
 しかし、この新発明は多くのハンチマン(hunchman=hunch「セムシの」+henchman「ゴロツキ」)の怒りを買うこととなった。
 このカレンダーは人の生活を機械的なものにし、誕生日を知らせることで彼らがまた一つ歳を取ったという事実を否応なく突きつけるためである。
 ある日の帰宅時、ハンチマンたちの襲撃を受けたグレッガリーは愛車を飛ばしてとある洞窟まで逃げ込み、どうにか追手をまくことに成功した。
 が、ホッとしたのも束の間、グレッガリーは周囲に異様な気配を感じた。
 なんと、その洞窟はお山のビリー(>>362 ※管理人注:13th.『Just Another Band from L.A.』参照)の口の中だったのだ!
 ビリーが笑い出したため辺りには巨大な岩石が飛び散り、茶色の噴煙が巻き起こった。
 これは一体何事かと驚いたグレッガリーは、解決法を知っているとされる唯一の人物に電話をかけて面会の約束を取り付けた。
 この人物こそ、「人類の知る最も偉大な生ける偽哲学者」ロバート・クェンティン・デネームランドである。
 デネームランドから情報を得るため、彼の開催する特別セラピー集会への入会金を支払ったグレッガリーに告げられた驚愕の真実とは?
 そして近代社会への警鐘としてザッパがそこに込めたメッセージとは!?
B面は3曲。
M2「ギターと予算不足のオーケストラのために改訂された音楽(Revised Music For Guitar And Low-Budget Orchestra)」は、
ジャン=リュック・ポンティのアルバム『King Kong』(全曲ザッパ作)に収録された
「Music For Electric Violin And Low Budget Orchestra」をギター用に編曲しなおした、現代音楽風の小曲。
M3「海へ行こうよ(Lemme Take You To The Beach)」はアホっぽく無内容ながらも愛らしい歌唱を乗せて、勢い一発で乗り切るご機嫌なポップ・チューン。
M4「RDNZL」は74年バンドのマスターピース。LPでは「Redunzl」と表記されていたインスト曲である。
いつもながら精巧無比な曲だが、緩急織り交ぜながら鬼のような、しかし涼しげな演奏を一息に聴かせる。
ルースの超絶マリンバといい、ジョージ・デュークのジャジーなピアノといい、どれもが素晴らしい。
謎めいたタイトルの意味にはいくつかの説がある。
参加メンバーの頭文字説は、Ruth、Duke、Napoleon(一声だけ)、Zappaまでは説明がつくが、Lに該当する人物がいない。
(ライヴでは一応Jean-Luc Pontyが参加しているが、Lの位置が変だし、それに他のメンバーは?)
一番有力なのはオートマ車のギア(Reverse, Drive, Neutral, 2, Low)で、2をZにしたのではという説だが、実際と順番が異なる。
ラプンツェル(Rapunzel)と韻を踏ませた説もあるが、何の関係があるのか不明。
ライヴでは「犬のビスケットといえばこの曲だ」と紹介しているが、これも意味不明。
正解を見つけた方はご教示ください。世界中のザッパファンからの賞賛を一身に浴びることでしょう。
未公認4部作の第3弾。
ザッパ作品はLPとCDでミックスや曲順が異なっているものが多いということはすでに述べたが、もっとも劇的な差異があるのは本作だろう。
このアルバムは『Hot Rats III』の別名を持っているように、
オリジナルのLPでは収録された7曲すべてがインストであったのに対し、1991年に出た最初のCDおよび1993年承認マスターを用いた現行版CDでは、
そのうちの3曲にヴォーカル(および後期のドラマー、チャド・ワッカーマンによるドラムのオーヴァーダブ)が重ねられたのである。
これら3曲はいずれも1972年の療養生活(>>361 ※管理人注:12th.『200 Motels』)中に構想しながら
未完に終わったSFミュージカル『Hunchentoot』(>>431 ※管理人注:15th.『The Grand Wazoo』)用に書かれたものであるため、
元の歌詞を載せることで本来あるべき姿に戻ったのだともいえる。
3曲ともインスト版は『Lather』で聴ける。ただし、「Time Is Money」は完全に元の形で(CD版ボートラとして)、
「Spider Of Destiny」もほぼ元通りの形で収録されたものの、「Flambay」は半分弱の長さに編集されているため、
オリジナルのままのインスト版を聴くためには現在廃盤のLPを探す必要がある(偉そうに能書きを垂れているが筆者は未聴)。
なお、ジャケットは前作同様ゲイリー・パンター作のイラストだが、
ここに描かれた奇妙な生物(?)は東宝映画『ゴジラ対ヘ○ラ』に登場する○ドラ。大丈夫かおい。
まず、上述した通りCD化でタナ・ハリスなる女性の歌唱が重ねられた
M2「Flambay」M3「Spider Of Destiny」M5「Time Is Money」の3曲をまとめてサクッと片付けてしまうが、
この女性ヴォーカル、脂っこいというか化粧が濃そうというか、元の曲との食い合わせも良くないので、正直いってこの編集は蛇足だったと思う。
しかしインストのままでも、それはそれでM1やM4、M7と並べて入れるには若干インパクトがないというか、
いずれにせよザッパの曲としてはさほど上出来とはいえない部類に入るのでやむをえなかったのだろう。
こう書くとアルバム自体も出来が悪いのかと思われてしまうかもしれないが、
その他のインストの4曲のためにだけでも金を払ってあなたのコレクションに加える価値はある。
M1「Filthy Habits」、荘厳なインスト曲。ザッパのギターがオーヴァーダブを重ねているとはいえ、
後はパトリック・オハーン(b.)とテリー・ボジオ(dr.)だけのトリオ編成でこうも重く厚い曲になるものか、にわかには信じがたい。
っていうかフィードバックってここまで見事に操りうるものなのか?
M4「Regyptian Strut」も元は『Hunchentoot』用の曲だが、
序曲のつもりで書かれたためヴォーカルは付加されなかった、というか付加しようがないくらい完成度も密度も高い。
演奏はかの74年バンドで、それも後期の演奏なので文句の付け所がない。
(……はずなのだが、ザッパ自身は何が不満だったのか、承認マスター版CDではドラムがやはりワッカーマンのもので差し替えられている)
この曲もまたM1に劣らぬ雄渾な演奏で、
これらの曲を聴くと「プログレ的見地から見たザッパ」という常套的な評価(小生も前に「プログレ好きにお勧め」とか書いたが)はもはや無意味とさえ思える。 M1などはもう『Red』期のクリムゾンあたりも超えてしまっているからだ。
タイトル・トラックのM6「Sleep Dirt」は、ザッパと1974年末だけ臨時的に参加していたメンバーのジェームズ・“バード・レッグ”・ユーマンスとの2人による
アコギのデュオという珍しいパターン(記憶の限りでは、多分この曲だけ)が注目に値する、メランコリックで美しい小曲。
最後が13分強のインストM7「The Ocean Is The Ultimate Solution」。
『Lather』にも収録されているが、そちらは前半の5分近くがカットされた短縮編集ヴァージョンなので必ずこちらを聴かなければならない。
この曲もM1と同じ顔触れのトリオ編成で、もんどりうって急坂を転げ落ちてゆくような演奏をしながらも巧みなリズム隊と三位一体になって、
まったく乱れずに駆け抜けてゆく。
ゆったり始まる序盤から中盤のアコギソロとベースソロを経て、後半のザッパによる気が狂ったような早弾きを堪能しながら昇天。
順番が前後してしまうが、未公認4部作と『Lather』を片付けておきたいので、先にこちらを紹介。4部作最後の1枚である。
録音は1975年で、ザッパ指揮下に総勢37人のスタジオ・ミュージシャン集団Abnuceals Emuukha Electric Orchestraを擁して録音された、
全編オーケストラ曲からなるアルバム。
いわゆるロックではないこともあり相当に好き嫌いの分かれる作品なので、クラシックや現代音楽の好きな人を除き、初心者にはお勧めしない。
M1「Strictly Genteel」がこのアルバムの中の曲としては比較的有名で、なかなかの名曲ではあるが、
後に80年代のバカテクバンドを率いて演奏したライヴヴァージョンに比べるとやや物足りなさを覚える。(遡って比較しても仕方がないが)
M2「Pedro's Dowry」はいかにも現代音楽風の複雑な曲。
しかし……ザッパファンなので批判めいたことはいいたくないのだが、贔屓の引き倒しもほどほどにして率直にいってしまうと、
ザッパのオーケストラ作品にはどうしても「ヴァレーズとかヴェーベルンとか 好きなんで真似してやってみました」感がぬぐえない。
事実としてそれらの音楽家から強い影響を受け、現代音楽の手法をポピュラー音楽の世界に導入したことこそザッパの最大の功績の一つではあるのだが、
総じて、ザッパが現代音楽そのものに直球で挑んだり自作曲をオケに演奏させようとしたりした場合は今ひとつピンと来ないものだったり計画倒れに終わったりし、
逆に現代音楽の世界のプロがザッパの音楽に接触をはかってきた場合の方が出来のよい作品に仕上がるようである。(後述『The Yellow Shark』など)
後年、別のオーケストラとの共演作品で全曲再演しているので、ザッパ自身も本作に不満だったフシがある。
1分ちょいのM3「Naval Aviation In Art」の方が緊張感があって比較的に退屈しない(言ってもうた)。
M4「Duke Of Prunes」ははるか昔のような気もする『Absolutely Free』収録曲。
オーケストラだけでなくギターやボジオのドラムが前面に出ているので本作の中では可としたい。
特にザッパのフィードバックがまたしても神がかり的な絶妙さ。
M6「Bogus Pomp」もM2同様の現音風長尺曲なので……うぅむ。
(管理人注:番外編. レザー 1996年)
ザッパスレなどで時おり「未公認4部作を持ってれば『Lather』は買わなくてもいいのか?」(あるいはその逆)という質問が出ることがある。
しかし両者には同じ曲が収録されていても別ミックスもしくは別テイクであることが多いし、『Lather』でしか聴けない曲もいくつか収録されている。
また4部作には「ライヴ盤」なり「オーケストラ作品」なり「インスト曲集」なり、独立した作品としてのコンセプトがあるが、
一方『Lather』はそれらを素材にモンタージュして作られた「全部合わせて一塊の作品」なので別物と見るべき。
ザッパがレーベルにブチ切れてラジオで全曲放送したとき(>>544 ※管理人注:22nd.『Zappa In New York』)の模様などのオマケもある。
CD3枚に上記4作の楽曲の大半(+α)がギッシリ詰め込まれているのだから、
その内容のバラエティの豊かさはザッパのディスコグラフィ中でも最大級といって間違いないので、
「作品が膨大にあるのでどれを最初に買ったらいいか分からん」という入門者の方には本作をお勧めしたい。
ザッパの音楽が気に入るかどうかまだ分からない人にいきなり3枚組を勧めるのは酷なことかもしれない。
しかし、考えてみてほしい。そもそもザッパの世界は1枚や2枚のアルバムで見渡せるものではないのだ。
かといって、理解できないながらも我慢して10枚買って聴いてはみたものの、やっぱり趣味に合わないのでそれ以上聴くのをやめる、
なんてことになったらあまりにも被害が大きく、そのくせ「このアルバムさえ先に聴いとけばハマったのに」的アルバムが
未聴作品の中に埋もれている可能性が50/60も残っているのだ。
ザッパ道に足を踏み入れるのは、かくのごとく高いリスクを負う覚悟を要する行為といえる。
通常はベスト盤などで様子を見るのだと思うが、ザッパのベスト盤は選曲が微妙(シングル曲中心だが、ザッパが本領を発揮した曲はおよそラジオ向きでないため、
ほとんどシングルカットされていない)であり、しかもそれでさえ2枚組だ。ならばいっそのこと1枚増やして『Lather』にした方がよい。
悪くいえばゴチャマゼで統一感が薄いのだが、裏を返せばそのアーティストの幅広い音楽性をかいつまんで見渡すことができるという点で、
ビートルズのホワイト・アルバムやZEPの『Physical Graffiti』に相当する作品といってよいのではないかと小生は考えている。
もしもあなたが最初にこれを聴いて、収録されている30曲のうちの1曲たりとも魅力を感じなかったならば、
他のどのアルバムを聴いても絶対に気に入ることはないだろうと断言できる。
よって、結果としてザッパが肌に合わなかったとしても、本作から入ったなら被害を最小限に抑えることができる。
……気に入ったらどうせ全部買うことになるんだし。

(後述レス)
> なんでそんな詳しいの?
 いや、「ザッパファン」としては一般常識レベルの話ばかりだよ。「ザッパヲタ」はこんなもんじゃないんだ。
 たとえば『Lather』に入ってる「Honey, Don't You Want A Man Like Me?」って曲は『Zappa in New York』と別日の音源を混ぜ合わせてるんだけど、
 何分何秒から何分何秒までが元の素材を使ってるかを解明したりとか。
 >>332(※管理人注:3rd.『We're Only In It For The Money』)で書いた『〜Money』に検閲が入ったって書いたけど、
 LPとCDでミックスが異なるし、検閲の厳しさも国によって違ったりするので、膨大な各版の間での検閲の有無や程度を比較検証したりとか。
 こういうのに比べたら、俺なんてもう全然……。
(各アルバム星評価なし。リリース番号はこちらのサイトを参考に採番しました。)